非公開 東大寺塔頭 龍松院 諸国漫遊
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戦後間もなく、掛合町増砂に木材会社清泉工場が誕生しました。その後、田部林産となり、今日(株)田部と移り行きました。常に地域の産業の中核であり貴重な雇用の場として、60有余年、地域経済を支えてきました。最初勤めていた方たちは100歳を超える年齢です。秋の深まる一日19回目を迎えるOB会が松江で開催されました。男性女性合わせて20人の参加者でした。私も父の代からお世話になっていますが、参加させていただきました。久しぶりにお会いする方ばかりで、懐かしく時空を超えて昔に戻り、楽しい一日を過ごさせていただきました。皆さん70第、80代ですが、本当にお若いです。内藤専務さんにも出席していただきうれしく思いました。
堀川遊覧をさせていただきました。お城を中心に松江の秋を堪能しました。船頭さんは皆第二の人生を楽しんでる方ばかりです。4か所、橋の高さが低いところがあり、ぶつかるといけませんので、一斉にに頭を下げるのはとても面白いです。この堀川遊覧の発案され実行された宮岡前松江市長さんには頭が下がります。
そして松江温泉の「なにわ一水」で食事をし、勿論お酒をいただき、お話やカラオケで大いに盛り上がりました。そして夕方家路につきました。
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1989年11月9日、冷戦の象徴ともいえた東西ドイツを分断していたブランデンブルグ門から延びる壁が崩壊しました。あの時から戦後の歴史は大きく変わりました。自由主義対共産主義の戦いは終焉し、世界は平和を取り戻すかと思われましたが、その後もテロ、貧困、民族、宗教と争いは絶えず今日に行ったっています。そして各国の政治の流れも、あの時から大きく変わるうねりとなりました。日本も例外ではなく今日を迎えていると思います。
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昨日は一日中国会の予算委員会の質疑を見ました。これまでとは攻守立場を変えての論戦でした。今まで政府として答弁していた大島理森幹事長、町村信孝元外務大臣、加藤紘一元幹事長、自民党のホープ後藤田正純衆議院議員が質問に立たれました。この光景は改めて日本に選挙による革命が起きたことを感じさせます。質問する皆さんはまだ野党になれないのか、プライドが許さないのか与党の答弁者に対して柔らかく包むような質問でした。それにしても鳩山総理はなかなかしたたかな面があると感じさせます。役人の入らない政治家同士のラリーは結構見ごたえがありました。視聴率はどのくらいあったのでしょうか。
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大正の中ごろ今の出雲市佐田町に一人の旅役者により、青年たちに歌舞伎の手ほどきをして以来佐田町で農村芝居が盛んになりました。隣町の松笠にも昭和のはじめ、佐田町の影響を受けて普及しました。以来時代の変遷を経ながら今日まで続いているのです。
宣伝も良かったと思いますが、松笠地区内外から会場あふれんばかりの老若男女が集い、まさに盛況でした。何と言っても頑張っているのは花方です。入り口のところに陣取って皆さんからの寄付を気持ちよくださせます。一種の入場料です。芝居を見ながら料理の重箱を開き、誰彼となく勧め、お酒を酌み交わし、ヤジを飛ばしたり、隣同士で話をしたり、それはそれは賑やかな社交の場へと変わっていきます。私も沢山の酒を注がれ、酔っ払いながら歌舞伎を鑑賞しました。
演題は「時鳥新藤太の伝」と「だんまり」でした。また安来節も披露されました。
毎年、毎年続くことを祈っています。
初霰が降りました。
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今日から11月になりました。カレンダーもあと一枚です。朝から雨が降っています。天気ならば枯れ葉が落ちた庭の掃除をしようと考えていましたが、できず縁側から雨の降るのを眺めています。こういう日こそ晴耕雨読というのでしょう。読みかけの本全十巻ですが、少しでも前に進めようと思います。放送大学の勉強もしなくては・・・ プールにも行かなくてはなど。庭にはさざん花が咲きだしました。ゆずも実ってきました。
明後日は文化の日ですが、私の友人知人にも叙勲を受けられる方が何人かいらっしゃいます。三刀屋の深石広正さん、奥出雲の岩田一郎さん、掛合の坪倉登さん、出雲の北村肇さん、松江の吉岡亀太郎さんおめでとうございます。それぞれの方との楽しい思いでが在ります。健康でまだまだ頑張ってください。
昨夜、懐かしい人たちと会食をしましたが、私のブログの中に野菜作りの話があるのが話題になり、盛り上がりました。ほとんどの皆さん野菜作りに精を出されていてプロ級の人ばかりです。勿論、私は素人なので、土つくりの話、またこれから何を植えたらよいのかなど教えられるところ大でした。一度見に来るという方もありました。
今日の夜は掛合の松笠で歌舞伎芝居が行われます。85年の歴史を持つ松笠むらくも座の公演です。酒を飲みながら楽しみです。夜7時30分松笠小学校の講堂です。観劇においでください。
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松江の美術家さんれいくさんのご案内で利茶土ミルグリム茶陶展をさんらポーむらくもへ鑑賞に行きました。松江・出雲地方に御縁の方が多く、京都に次いでこの地は日本の心のふるさとだそうです。今回の茶陶展は13年ぶりに行われました。1955年ニューヨークの生まれですが、1977年に初来日以来全国各地の窯元をめぐり、特に萩、備前、美濃で修行。1985年には京都府下に築窯し、裏千家千宗室御家元より「利茶土窯」と命名されました。2005年にアメリカボストン郊外コンコードに「今古窯」を作り、現在は日米の両窯をを往復して制作されていると聞きました。日本語はペラペラであり、奥様も日本人であり真に素晴らしい親日家です。今回今古窯の作品と利茶土窯から志野、黄瀬戸、黒織部、瀬戸黒など80点が展示されています。
利茶度土さんは日本を理解された陶芸の小泉八雲と言われるかもしれません。
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島根県立美術館で行われている出光美術館蔵の桃山・江戸の美を鑑賞に行きました。狩野派の確立、肉筆浮世絵、琳派の系譜と三部作で展示されていました。
狩野派の確立では狩野元信の「西湖図屏風」狩野光信の「西王母・東方湖図屏風」など優れた作品が目にとまりました。また信長に反旗を翻した荒木村重の子・岩佐又兵衛の「四季耕作図屏風」は当時の農民の生活がしっかり書かれており、美術だけでなく農民の生活史としてもすぐれています。作者不明ですが「平家物語一の谷・屋島・壇ノ浦合戦図屏風」の細密な絵は時間をかけてみるととても面白い。
肉筆浮世絵では菱川師宣、喜多川歌麿、鳥文斉映之、葛飾北斎、歌川広重、諦斉北馬など当代超一流の浮世絵師の肉筆のあでやかさ、構図の素晴らしさにはには驚きです。
琳派の系譜では尾形光琳、尾形乾山の兄弟がそれぞれ画と陶器の世界で群を抜いているのにも驚かされます。そのほかすばらしい作品がたくさん展示されています。
11月9日まで展示してあります。
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最近、政府は高速道の無料化を約束し、概算要求に6千億円を盛り込み一部で試行すると発表しました。島根のような県こそ一番最初にやるべきです。島根はまず観光客を誘致しなくてはなりません。そして企業の誘致もしなくてはなりません。そして県民が使用するのに度々お金を払うというのは誠に迷惑な話であり、出費がますます加算み県民の負担は多くなります。随分前になりますが島根県にも松江の宍道湖大橋をはじめたくさんの有料道路がありましたが、県の方でいろいろ工夫をして有料制を廃止しましたが、とても県民の皆さんから喜ばれたことを思い出します。島根には山陰道、尾道松江線、浜田広島と高速道ができ、またできつつあります。その区間で新直轄、広規格道といった道路以外はすべて有料です。この際、島根のような長くて広い県こそ高速道路はすべて無料にすべきと思います。県の方も相当に努力していただきたいとものです。
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写真は八ッ場ダムではありません。松江尾道線の吉田、掛合のインター近くの高速道開設が待たれる橋の橋脚です。島根県東部地域にとっては松江尾道線は大切な基幹道路として期待されています。島根県にとりまず中国縦貫道の三次インターにつなぐことが一番です。あと5年すれば完成といわれていますが、より早く完工されることを祈っています。道路の施工については国直轄事業ですから通行は当然無料です。完成すれば松江ー広島間は1時間は短縮されます。私の地元から松江までは30分で行けますし、広島へは1時間半はかかりません。関西へも九州へも早く行けるようになります。島根の産業、観光のために早く対策を取らないと逆に都市へスプロール現象を起こすこともあります。
心配されるのは飯南町の国道54号線沿いです。人のとうりが少なくなり産業等に影響が出るのではないかということです。これに対しても対策を早くとらなくてはという事があります。
高速道路からの紅葉は美しいと思います。
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映画「ヴィヨンの妻」を鑑賞しました。太宰治生誕100年を迎えました。太宰文学は今でも光を失うことなく読み継がれています。しかし純文学を映画に表現するのはなかなか難しいと思います。配役は当代一流の松たか子、浅野忠信、広末涼子、妻夫木聡、堤真一氏など最近活躍中の俳優さんたちです。監督は根岸吉太郎氏です。これまでも太宰治の「人間失格」等に取り組まれたようですが、困難を極めたようです。今回純文学の「ヴィヨンの妻」を実現されたのはもちろん評価されると思います。第33回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞されています。しかし太宰の躍動感の少ない男女の内面の心の動き、物語的起承転結のない作品を聴衆に見せるものにするには大変だと想像します。見終わって一流俳優のわりに何か物足りない感じを持って映画館を出ることになるのはやはり純文学を映画化するのはなかなか難しい事と感じました。太宰のような純文学は本の世界に浸る方が良いのではないかと思います。でも純文学を映画化するという苦労を体験するためにも一度ご覧になってください。
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この夏、広島在住の柏村武昭さんを訪れ一緒に食事をしたことはこのブログでも紹介しました。その時、柏村さんが昔「お笑い漫画道場」の司会をしていたころからのフアンクラブが松江に継続していて、時々集まるという話をされ、多分、秋にはその集いがあるからあなたもお呼びしますと約束していただきました。約束通り1か月前に10月24日開催することになりましたという連絡がありました。大変楽しみにして待っていました。
10月24日になりました。まず松江カントリークラブに集合し、柏村杯ゴルフ大会が開催されました。広島からも沢山の方が参加され、松江の方も入れて30人以上のコンペでした。柏村さんは女性にも人気がありますから、沢山の女性も参加されていました。柏村さんは年齢は私と同じですが上背も183センチもあり、堂々たる体格と日ごろの練習のたまもので、プロ顔負けのショットでした。勿論スコアも素晴らしい。
夜は柏村さんのフアンクラブの代表である谷さんのおうちで慰労会と表彰式がありました。ここにはゴルフに参加されなかった人もたくさん集まり、お祭りのようでした。谷さんの奥さんは松江でも有名な料理家ですが、私は生まれて初めてと思えるほどの御馳走が並んでいて、どれから食べて良いのか分からないほどでした。堪能しました。
久しぶりに柏村さんの元気な奥様にもお会いしました。若々しく昔と変わらぬ美人です。お嬢様には初めてお会いしましたが、なかなかの美人で才気煥発でモデル志望だそうです。
表彰式では私も来賓として呼ばれていましたので、私の友人の小島君の経営する「ウイーンの森」で商品をそろえて提供しましました。
皆さんが「柏村さん、なんで広島知事選挙に出なかったのですか」と尋ねていましたが、柏村さんは「この会に出れなくなったら困るので」と言って冗談を飛ばしていました。
夜遅くなりましたので帰ることにしましたら、柏村夫人が私の万歳の音頭をとっていただき、大変感激しました。来年の春また島根で柏村会をやることになりました。
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福祉施設、山楽園、山光園の秋のお祭り「ここやし祭」が賑やかに開催されました。好天の下、たくさんの皆さんのご協力のもとに人出も多く素晴しい一日でした。いろいろな食堂、お店が出されていましたが、途中で売れ切れるところもあり、うれしい悲鳴でした。なかでも、松笠の石橋さんのそば打ちは名人肌でとても美味しく行列のできるそば屋さんです。私も家族連れで参加し、大いに楽しみました。
講堂での出しものも上多根神楽保存会、近隣の保育園の先生方の歌と踊り、手品など沢山の方たちの出演がありました。最後は園生による仁寿太鼓の演奏でした。それぞれ拍手喝采でした。上の絵は園生の作品です。うまいもんでしょう。
病気で心配されていました前の園長の藤見さんも元気な姿を見せて頂き、うれしく思いました。
地域の協力あってのお祭りであり、心から人の触れ合いに感動しました。いよいよ山は紅葉の季節になってきます
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政府がまずやることは景気対策です。企業が元気がなけねば、雇用だって守れないし、経済だって守れません。緊急に景気対策をやるべきです。
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皆様のおかげでアクセス8万に到達しました。人間なんでもコツコツやることが大切と思います。ありがとうございます。
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土日にかけて小旅行に出かけました。上野の国立博物館の平成館で天皇陛下御即位20年を記念して「皇室名宝展」が開催されていましたので、鑑賞に行きました。特に伊藤若冲筆の動植綵絵が30点展示されていましたのにはびっくりしました。とても江戸時代にこれだけの構想と細やかさ、あざやかな色彩で描かれていたかと思うと、あっという間に時間が過てしまいました。この場に絵が出せないのが残念です。狩野永徳筆,狩野常信筆の「唐獅子図屏風」など沢山の名作が陳列されていました。雅楽に耳をすませながら約2時間の時を過ごしました。
夕方から私の友人の松江の西野さんが上京されていましたので銀座で落ち合い、彼の息子さんさん2人と私の娘も一緒に西野さんの友人の狩野さんを元麻布のお家に訪れ一緒に食事をしました。西野さんが魚を浜田から送っていましたので刺身やなべにして食べました。私の娘が刺身などをして手伝いました。狩野さんはグラスアートの仕事をされて、その道では相当なる芸術家ということが分かりました。奥さんも芸術学部出身で一緒に仕事をされています。ところで驚いたのは狩野さんは、狩野永徳の生粋の末裔で、狩野常信から数えて20代目に当たる狩野智宏と名乗られていました。今日、皇室名宝展に行き、狩野永徳、狩野常信の絵を鑑賞したことをお話ししましたら、それからずいぶんと話が弾みました。先祖伝来の狩野家の絵などは全部国民の皆さんに鑑賞してもらうために東京芸大等に寄贈されたそうです。狩野さんご夫妻は出雲の神在り月が好きで過去何度もおいでになり、松江の駅前の東急インにとまり、朝晩、西野さんの喫茶店クーランデ―ルに通って神在り月を研究し、玉造の勾玉を作る資格も得ておられるようです。
話が弾み、ずいぶん遅くなりましたので、再開を期してお別れいたしました。
楽しい一日でした。
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浜田市長に再び宇津徹男さんが当選されました。心からお祝い申し上げます。今後も健康に留意され頑張って活躍されることをお祈りします。
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出雲の国神仏霊場めぐりについてお知らせします。先般9月にも霊場めぐりが開催され安来の清水寺などを巡りましたことはこのブログでも報告いたしました。第4弾として11月15日(日) 11月22日(日)の2回に分けて開催されます。ふるってご参加されんことを期待します。美保神社、華蔵寺、賣布神社、月照寺、佐田神社をめぐります。華蔵寺において精進料理、ご祈祷、写経、法話など素晴らしい催事があります。
連絡先
「奉賛会」松江市浜乃木2-14-10 神庭嘉孝 TEL 0852-24ー 6514
FAX 0852-23-2676
[水の都プロジェクト協議会」事務局 松本修宗 TEL 0852ー24ー6521
FAX 0852-26-3724
会費は7500円(お一人)です。
10月10日、11日、12日の中秋の嫁が島と題して嫁が島での茶会は1500人の方が集まり大変な盛況でした。神庭嘉孝会長さん大層喜び、お出でていただいた皆さんに感謝されていました。
いよいよ秋が深まり出雲路をエンジョイできます。
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島根大学も後期の授業が始まりました。今回も関耕平准教授の財政学の続きを聴講します。政権が代わりましたが、国民にとり何が変わったかといえば国の予算の使い方と思います。即ち国の予算の使い方が財政であり、それを科学的に分析するのが財政学であります。ちょうど政権が変わったときでもあり、より深く財政学を勉強しようかと考えました。
いよいよ後期が始まりましたので、関先生を囲んで勉強会をしました。関先生はこれまで少し太り気味でしたが、少し見ぬ間にずいぶんスマートになっていました。13キロやせたそうです。夏休みの間に中国の寧夏回族自治区を訪問し、相当強行日程で砂漠化等について勉強したからと言っていました。一緒に聴講している人が「先生そろそろ結婚のことを考えるよるようになったんではないですか、あこがれの人ができてその人から注意を受けたからでしょう」といいましたが、どうもその方が当たりのようでした。授業中にこの間の連休はレンタカーを借りに行った話をされました事をなにかあると感じて、鋭く追及しましたら、図星でした。関先生は東北の人ですが、島根に骨をうずめる気になりましたと言っていましたので、女性の力は強いなと思いました。
関先生は確か31歳ですから、これからです。結婚もし、夢も抱いて学問をもっともっと深めて頑張っていただきたいと思います。ちょっと社会派ですから地域にも出て社会の松明役もお願いします。
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昨日松江のホテル宍道湖で元島根県副知事江口博晴さんの叙勲の祝賀会が盛大に開催されました。江口さんは澄田知事とともに県政をともに歩き島根のために大変努力されました。特に、宍道湖中海の事業中止には中心的役割を果たされました。今、八ツ場ダムなどの中止問題がありますが、当時、中海干拓の中止も大変な問題でしたが、中止は正解でした。江口さんにお世話になった方たちがたくさん集まりました。私も参加させていただき、沢山の方たちと旧交を温めることができうれしく思いました。その中に当時、中海干拓中止で大変苦労した浜浦さんにお会いできたのはとても良かったと思います。またゴルフ仲間だった京谷さんにお会いできたのも素敵でした。今、足が痛いそうですが早く直してプレイしたいと思います。
江口さん、今後も奥様ともどもお元気で、これからも社会のために頑張っていただきますようご期待申し上げます。
この3連休もいろいろなことが起こりました。岡田外務大臣がアフガニスタン、パキスタンを訪問しました。広島、長崎が2020年オリンピックを招致にに名乗りを挙げました。最近、最もよくテレビに出演する前原大臣と橋下大阪知事が指しであって日本のハブ空港について議論を戦わしていました。広島では私の友人の河井克行衆議院議員の奥さん(広島県議会議員)が広島知事選に出馬を表明しました。世の中動いているんですね。
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松江テルサのホールでNHK総合テレビ「週刊こどもニュース」の元キャスターの池上彰さんの講演を聴きに行きました。池上さんの記者としての出発点は松江局からだそうです。そのご縁で奥さんは旧弥栄村のご出身です。池上さんお話はとても分かりやすく、子供が理解できるように説明するという技量は年期を感じさせます。人に分かりやすく話すというのはとても難しいことです。池上さんは絶えず新聞の片隅にある記事でも必ず勉強し、将来、それ自体が膨らんだ時、当意即妙に答えることができるように日ごろから準備を怠りありませんでした。また世界の国々を絶えず訪れ、現地の事情に精通しています。また英会話などは記者として取材しているとき、少しでも時間があればNHKの英会話のテキストブックを開き、ぼそぼそ練習したそうです。一にも努力、二も努力と毎日の努力の結果とみました。楽しくて分かりやすいお話、1時間30分は瞬く間に過ぎました。
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亀井静香金融大臣は就任当初から、中小企業や住宅ローン利用者の銀行からの借金返済を猶予すべきと一種の「モラトリアム法」を徹底して主張されたのはテレビ新聞で日本中だれもが知るところであります。これに対して銀行株は下がり、また賛否両論話題の的でした。連立の民主党がどうするか見ていましたが、とうとう10月の終わりからの臨時国会に「貸し渋り・貸しはがし対策法案」として提出すると内容を煮詰めてきました。まさに一連の動きを見ていますと国民新党という小さな魚が民主党という大きな魚を飲み込んだ感じがします。もちろんこれは参議院での民主党の与党連立政権が過半数維持に苦労していることからと思います。自さ社連立政権の時も、自公連立政権の時も同じようなことが時々ありました。連立というのは結構大政党を牽制するという機能を発揮するものです。もちろん亀井静香大臣のというキャラクター、人の繋がも見逃せないと思いますが。案外小さな政党社民党に民主党は飲み込まれることだってあるかも知れません。
小さな魚が大きな魚を飲み込むことが連立政権ではよくあることです。
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松江の北堀にある田部美術館をふらりと訪れました。楽山焼と布志名焼の歴史の紹介とそれぞれの時代の名品が展示してありました。松江は何と言っても松平不昧公の茶どころです。楽山焼も布志名焼もその影響のもとにあります。私は布志名焼の二代の雲善さんの作品が好きですが、今回も沢山の作品が展示してありました。田部美術館は郷土のすぐれた作家を紹介し、全国の若手陶芸家の発掘に力を注いでいます。武家屋敷がよく似合う美術館です。
台風18号が日本列島を強烈な勢いで通過していますが、過ぎれば出雲の地の秋も深まることでしょう。
美術館の庭の少し色づいた木立の中に先先代の元島根県知事田部長右衛門先生の銅像があります。先生には私の親父の仲人をしていただき、また親子とも大変お世話になりました。私は政治の道をを歩ませていただきましたが、政治家としてかくあるべしということをたくさん学ばせて頂きました。田部長右衛門先生は陶芸家でもありましたが、その作品も展示してあります。
皆様も何度か田部美術館に足を運ばれたと思いますが、秋は一層良いと思いますのでぜひ訪れてください。
田部家のある吉田にもおいでください。文化伝統の街づくりは人の心を和ませます。
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30年来の友人川本町の河田道正さんが急逝されました。59歳で、これからが人生の充実期でしたのに、あまりにも早いお別れでした。走馬灯のようにいろいろなことが思い出されます。葬儀にも出席させていただきましたが、彼の存在の大きさを惜しみ、たくさんの方たちがお見送りにおいでになっていました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。残された奥さまを支えて、三人のご子息夫妻、お孫さん頑張ってください。
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朝日新聞がGLOBEを発刊して一年がたちました。記念の討論会が開催され招待を受けていきました。500人ぐらいの人が参加されていました。日本でも著名な方たちがパネリストとして参加されました。「水の惑星」といわれる地球。ほとんどが海水で人間が生活に利用できるのは0.01%に過ぎません。世界には安全な水を飲めない人たちは8人に1人.9億人に近い。地球は今温暖化や人口増加でさらに水はたらなくなる。今後、温暖化により2050年は3-6度気温は上昇する。もしグリーンランドの氷が溶けたら海面上昇は7mに達する。
地球は水球であるため温度変化を相殺し生物が生きていける。人間の体は70%水であるため温度調節ができる。
日本はアジアモンスーンの影響により水には不自由しない。しかし日本は農業の自給率40%というのは他国からたくさんの食料を輸入している。食糧は水を含んでいるので水を輸入しているといっても過言ではない。だから日本が自給率を上げることが日本の水を使うことであり、世界の水ストレスを取り除くことになる。
日本には水に対する技術がたくさんある。海水を真水にする膜の技術、汚泥処理の技術、また日本の地方公共団体には下水道を施設するためのシステム技術を持っている。こうした技術は世界で役立てることができる。
今世紀は油を争う世紀から水を争う世紀へと変わる。
政治が動かなくては水問題は解決できない。
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今朝、午前0時を回ったころ家の外に出て満月を拝みました。すみきった中天にかかる満月はファンタステックでした。明るく、庭木も一本一本数えることができるようでした。
今朝は中川昭一さんが亡くなったニュースに驚きました。ずいぶんお世話になりました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。
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2016年のオリンピックはブラジルのリオデジャネイロに決定しました。東京は残念でした。しかし、テレビで東京招致のプレゼンテーションを見ていましたら河合純一さんが登場し、堂々と英語で演説されているのを見て驚くとともに懐かしく思いました。それは2007年の参議院の候補者を決定するときのことでした。私は参議院の筆頭副幹事長として候補者選定の一翼を担わされました。その時、静岡の参議院議員の竹山裕先生から静岡県に素晴らしい人がいる。この人を参議院の比例区の候補になっていただいたらというお話がりました。その人が河合純一さんでした。河合さんは目に障害を持たれていましたが、早稲田の教育学部を卒業されてから母校の浜松市舞阪中学校の先生をされていました。またパラリンピックの選手として活躍もされていました。彼の自伝映画「夢を追いかけて」が作成されましたが、三浦友和さんや田中好子さんが出演されました。そこで私はぜひ参議院の比例の候補として出馬してほしいと何度も静岡に通いました。参議院議員になって政治の立場から障害者の皆さんのために頑張ってほしい事と教育の振興に力を注いでほしいという願いがありました。ご本人も意欲を示していただきましたが、支援されている方々から慎重論も出て候補者になることはあきらめなくてはならなくなりました。久しぶりにお元気な河合さんをテレビで拝見し、堂々とした姿に、当時、竹山先生や私の目に狂いはなかったと思いました。河合純一さん今後も大いに頑張ってください。期待しています。
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飯南町の安部さんのお世話されている栗園へ、親戚の人たちと一緒に栗拾いに行きました。今年は昨年と違って大豊作でした。約1時間、火ばさみを使いながら汗の吹き出るなかまた虫に噛まれながら、沢山の栗を拾いました。去年はイノシシが出てずいぶん食べたそうですが、今年はまだそういう気配はないようです。まだ当分、収穫の日は続くと思います。今日は行くことができませんでしたが、リンゴ園も近くにあります。」
その後、赤名の道の駅に行き経営者の宮脇さんのお世話になり、薬膳料理の食事をしました。毎日食べたら健康そのものとおもいます。その後、県民の森を訪問し、帰りに飯南町の山崎町長のお宅により、ずいぶんお世話になった山崎町長のお父さんにお会いし、楽しくお話をしました。奥様ともども大変お元気でした。
飯南町は見どころのある街です。ぜひ訪問してください。
夜は青年団時代の仲間と一緒に食事をし、少し飲みすぎました。皆さんとてもお若いです。
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今日から10月になりました。服装も衣替えをし、夏から秋へと変化していきます。今日はクリ拾いに行くことにしています。飯南町の安部さんが経営されているくり園です。毎年伺いますが、いつもたくさん収穫することができます。入園料は1人1000円です。赤来の親しい方から今年の新米が届きましたが、赤来頓原の米は昔は「丸に飯の字の丸飯米」と言って仁多米にも魚沼産にも負けない銘柄米です。
日本は食料の自給率の向上に10年後に50%、20年後に60%を目指すといっていますが、私の身の回りの農家の状況から見てとても難しい気がいたします。あまりにも高齢化し農作業だって年々衰えていくのが必定と思います。だから老夫婦で国民年金と今話題の農業者個別所得補償制度の導入で細々と生活しようというのも分かるような気がします。
主要国の食料・農業位置づけを日本と比較すると日本の貧困さが目立つ。
人口1億2700万人の日本の穀物生産量は1000万トン程度。自給率40%
これに対して人口6000万人の英国は、日本の半分の国土で3000万トンの穀物を生産。自給率70%。
ドイツは8200万人の人口で5500万トンの穀物生産。自給率84%
日本の人口の10倍以上の人口の中国は、日本の50倍の5億トン強の穀物生産。
フランス自給率122%。オーストラリア自給率237%。アメリカ自給率128%。カナダ自給率145%。
このよう見るとGDPも高く、先進国でもあり経済的にも豊かな国々の自給率は相当に高い。世界の食糧不足に対して各国とも相当に努力されているのに絶対的資源小国の日本は時間的にも早く自給率の向上を図らなくてはと考えます。日本は危機感が乏しい。
欧州には「農業をおろそかにする国は滅びる」という考えが根付いている。
日本はひたすら工業化による経済大国を目指す一方、農業を戦略的に切り捨ててきたのではないですか。
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行きつけの喫茶店というのが何軒かあります。松江に出た時にも必ず寄る店もあります。いつかご紹介したいと思います。写真の「凛」というのは東京の銀座の少し横町に入った場所にある喫茶店です。最近東京に行く機会は少なくなりましたが、上京したとき必ず行く店です。コーヒーをいただいて本を読んだりするのにちょうどいい場所です。何となく心が落ち着いてきます。近くに映画館もあり時間待ちにもちょうどいい喫茶店です。
テレビは朝から亀井静香大臣の発したモラトリアム法案の話題でにぎわっています。賛否両論ありますが、日本の経済の低迷、庶民の懐具合、中小企業の資金繰り、仕事の減少などまだまだ経済が本格的になっていないからかと思います。私は亀井大臣とは中海干拓を中止するとき一緒に仕事をさせていただきましたが、なかなかの政治家でした。自民党はこういう人材を失ったのも今日の衰退があるのでしょう。
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自民党総裁選が行われ、第24代自民党総裁に大方の予想どうり谷垣さんが就任されました。今回の総裁選挙は民主党の鳩山総理をはじめとする閣僚たちの毎日の行動に焦点があてられる中で極めて目立たない選挙でした。3人とも主張されることが抽象的で、内向きの主張でした。世間では与党をけん制し、次なる政権交代ということも期待する声もあるのに主張不足であり、迫力不足でした。TBSの後藤ニュースキャスターはこういう状態では10年は政権奪回はできないでしょうと述べていました。結局、先の参議院選挙、今回の衆議院選挙との連続の大敗の原因などについてしっかりと総括しないままに総裁選に臨んだからと思います。世の中は構造的に変化しています。大衆の支持なくして政治はできません。谷垣総裁のまずやることは総括です。そして政権奪還するためにその見本がたくさんある英国をはじめとするヨーロッパ諸国やアメリカ、韓国などの野党政党の在り方を研究して見る必要もあると思います。野党は与党と違って地方を歩ける時間が山ほどあります。この時間をいかに有効に使うかということでもあります。
鳥取の片山前知事が民主党の戦略会議に参加されたのには驚きました。民主党は人材をうまくりクルートすると思います。
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映画「剣岳」を鑑賞しました。皆さんもご覧になってください。感動します。日露戦争後の1906年(明治39年)、陸軍は国防のため日本地図の完成を急いでいました。陸軍参謀本部陸地測量部の測量手・柴崎芳太郎は最後の空白地点を埋めるため「陸軍の威信にかけて、剣岳の初登頂と測量を果たせ」という命令を受ける。その後の展開はとても面白いです。
最近は剣岳に登山する人は列をなしているそうですが、明治の時代とは隔世の感がします。
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季節のうつろい行くのは早いものです。今年も秋になりました。七竈の実が真っ赤になりました。七竈の木は人に切られなけれれば、来年も再来年もいや100年先も赤い実をつけることでしょう。人間はそうはいかない。命には限りがある。最近とみにそう思います。知人、友人が年々病気になったり、亡くなって行きます。あまり深刻なことを書くつもりはありません。でも人間は運命的であると思います。
今日は松江のくにびきメッセで展示されている「人体の不思議」を見に行きました。展示された人体を見て、自分は医者にはなれないとつくづく感じました。
新知識として、人間の血管をすべてつなぐと10万キロの長さで、地球を二周り半あるそうです。これだけでもびっくりです。
その後、島根県民会館中ホールへ直行し、浜田真理子さんのリサイタルに行きました。その歌声はすばらしいということを再認識するばかりです。NHKで21日、22日、23日三夜にわたって戦後間もなく、吉田茂とマッカーサーの間に立ち今の日本国憲法の創憲の裏舞台をやったといわれるドラマ「白洲次郎」の中で「しゃれこうべと大砲」を歌うということをちょっと宣伝されたのは微笑ましく、今夜の10時が待ち遠しく思います。こんな素晴らしい歌手が松江に住んでるということ自体素晴らしいことです。
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自民党の総裁選が行われていることを知っている人が今どれほどいるのでしょうか。4年連続総裁選が行われるなんてまったくおかしい。だから国民から信頼を失うのです。総裁の任期は3年です。二度続けて内閣を投げ出すなんて考えられない。
3人の候補のうち河野太郎さんの少し過激な発言が目立つだけで、日本の将来の展望もきけず自民党の将来像もきこえてこないのはどうしたのでしょうか。テレビからでもオーラが感じられません。
どなたが総裁になっても、たぶんこのまま行けば党の分裂の可能性を感じます。喫緊の調査では自民党の立て直しに期待する声は70%以上あったのですが、その声も次第に小さくなっているようです。
政治家は言葉で語ってほしい。この国の将来について
なぜ升添さんも石原さんも石破さんもたたかなかったのか不思議です。
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掛合町出身の古居みずえさんの第1回監督作品の「ガーダ・パレスチナの詩」を木次のチェリバホールに鑑賞に行きました。88年からパレスチナのイスラエルの占領地を中心に、現地の人々と生活を共にしながら、女性や子どもに焦点を当てて取材し、500時間カメラを回し編集した作品です。特にガーダという女性に注目し23歳から35歳まで12年間にわたり追い続け、古い習慣に反発し、戦火の中で結婚し、子供を育て、パレスチナの人たちから聞き取りで現状の苦しさ、喜びまた底抜けの明るさなどをまとめて本にし、大学で学ぶ姿をドキュメントした作品です。イスラエルとパレスチナの争いはとても解決に至るのにはまだまだ時間がかかることでしょう。平和についても考えさせる作品です。
映画が終わってから写真のようにインタビュウ形式でお話がありました。育った掛合のことがいつまでも心の原点であるようです。平素、中近東のことはあまり情報のない我々に参考になるお話でした。掛合小学校の同級生がたくさん来て励ましていました。微笑ましい光景でした。皆さんも機会があればこの映画をご覧ください。お勧めです。
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今日は朝から天高く馬肥ゆる素晴らしい秋晴れに恵まれました。10時頃、三瓶の松尾繁さんが白菜の苗を持ってきてくださいましたので畑に植えました。
まず、畑に、この間、出雲畜産から買ってきた肥料と近所のコメリから鶏糞を買ってきて混合して畑にやり深く耕して、丁寧に水を含ませながら植えました。種類は無双と晩輝の2種類です。無双は今年の暮れには食べることができるそうです。晩輝は来年でないと食べられないそうですが、とても大きく育つそうです。それから新貴聖大根と中葉しゅんぎく、パセリの種をまきました。その上にしっかり水をやり、土の上にすくもを広げました。途中から隣の石橋武光さんも手伝いに来てくれました。
野菜を育てるというのは結構楽しいかもしれません。
浜田の山中さんと友人の州浜昭夫さんから魚が届きましたので、松尾さんとご一緒に昼に食べました。仕事をした後なので、とても美味しかったです。
日本の食糧受給率は40%ですが、我が家は100%にしたいですね。
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鳩山政権が結構さわやかな船出をした感じです。子供手当、高校無償化、高速道無料化、戸別所得補償、ガソリン税など自動車関係諸税の上乗せ税率の廃止、インド洋の給油の廃止などマニフェストをどのように実施するのか注目されるところです。何と言っても経済対策をどうするかが内閣の一番の課題と思います。
亀井静香さんのはしゃぎようは失言が予想されます。
今回の内閣は超有名大学出身者のオンパレードです。東大8人、東工大1人、京大2人、神戸大1人、早稲田大2人、慶応大2人、中央大2人です。
鳩山総理はなかなかしたたかと思います。事務の副長官に総務省の前事務次官の滝野欣弥氏を、また首席秘書官に元経済産業省の切れ者といわれた佐野忠克氏を起用したことです。
弟の鳩山邦夫さんも頑張ってください。
音羽御殿と鳩山一郎さんの銅像です。
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ついに政権交代の日が来ました。自由民主党は昭和30年11月15日に結党されてから一時11カ月の間、細川、羽田政権で野党になった以外は54年の間、政権を維持し、日本が戦後復興を果たし、世界第2位の経済大国へとなる機関車の役割を果たしたと思います。しかし今日、日本は中国に追いつかれ、経済もGDPも世界第3位にと下がることが確実になり、アメリカについで世界で第2位などと威張っておれなくなりました。それに少子高齢化、地方の疲弊、農業の行き詰まり、企業も外国へと活路を求めなくてはならなくなりました。そして失業率も5.7となりました。もし企業に対して雇用調整交付金がなければ実質失業率は9%に近いといわれます。これからの政治のかじ取はなかなか困難な道を歩まなければならないと思います。民主党政権で果たしてこれができるだろうか不安も感じられます。しかし日本のために経済を立て直し、日本の行く末をしっかりしたものにしてもらはなくてはなりません。英国のチャーチルは下野したとき、3つのことをやり、時機到来を待ちました。一つは絵を学び絵を描くことに没頭しました。またもう一つは自分の伝記を書きました。もう一つは相手の党を徹底して調べそれに対しての対策を練りました。そして時が来、6年後に政権に復帰しました。時間のある時をどうするかは大変重要と思います。
それにしても今、後藤田正晴さん、野中広務さんのような軍師が4~5人自民党におられればこんなことにはならなかったのにと思います。
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昨日からはイチローさんの9年連続200本安打の話で日本中盛り上がりました。また民主党の鳩山さんの話でテレビはおおわれています。いよいよ明日は日本で初めて投票により政権交代の時代が始まります。将来この制度が続く限り同じようなことが起こる可能性が出てきました。政治に競争が増し、それが国民生活に大きな影響を及ぼすことになると思います。今、司馬遼太郎さんの「翔ぶが如く」を読んでいますが、明治維新の初め、西郷隆盛の征韓論を巡り、明治政府内部の政争、権力争いが詳しく書かれています。いつの時代でも人間の社会は熾烈な戦いが続いています。
昨日は加茂の三代にある有限会社出雲畜産を訪れました。社長は田邊隆揚さんです。昔からの友達です。いま家内と園芸に精を出していますが、土つくりが大切ですので、出雲畜産で生産されている鶏糞を焼いた肥料が良いというので買いに行きました。5俵買いました。18日には三瓶の松尾繁さん(池のが原ペンション)が自分で育てられた白菜の苗を持て来ていただきます。松尾さんは農業の名人です。私のところの畑を見て、手を加えて頂き、野菜作りをご教授いただくことになっています。
田邊さんと久しぶりにお会いしましたが、仕事も順調で少し貫禄が出たように感じられます。ブロイラー生産を年間60万羽されています。昔話をしたり、今の政局、農業の話に花が咲き思わぬ時間が過ぎました。
夕方からは福祉関係の人たちと食事をしましたが、政権の交代で国の福祉予算がどう変わるのか心配されていました。いかなる政権になろうとも福祉を軽んじることはないでしょう。
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去る6月13日にお亡くなりになりました前島根県知事のお別れの会がしめやかに行われました。澄田さんとの思い出はたくさんありますが、何と言っても1期目の選挙でした。当時売上税の問題が国会で持ち上がり、2月にその影響を受けて、岩手の参議院補欠選挙で自民党の候補者が敗北しました。その後、すごい嵐が吹き荒れ、地方選挙に影響を及ぼしました。当然、島根の知事選挙にも影響が出て苦労しました。しかし勝利を得られ、その後5期連続当選され、島根のために努力していただきました。その1期目の選挙の事務局長の任に当たり責任を果たさせていただいたことは忘れることができません。また韓国の慶尚北道と島根が姉妹都市になったとき、私も県会議長として同行したのも良き思い出でした。澄田さんは74歳でまだまだこれからという年齢でした。奥様と一緒にもっともっと旅行でもしたかったと思います。誠に残念です。も一度一緒にゴルフをしたり、お酒飲をみたかったです。「住みよい島根、住たい島根」と言いながら、澄田さんを囲んだころが懐かしく思い出されます。
奥様,ご親族の皆様にお悔やみを申し上げます。安らかにお眠りください。
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昨日は水の都プロジェクト協議会の主催による出雲の国神仏霊場めぐりに参加された人達から最近の政治の在り方について話が聞きたいといわれましたので、私の感じていることや過去国会の活動等で実際に経験したことに、戦後の政治の流れなどを背景にしながら1時間ばかり話しました。なぜ自公政権から民主党を中心にした政権に変わったかをお話ししました。皆さん熱心に聞いていただきました。世の中は大きく変わりつつあります。
9月20日は第3回目の出雲国神仏霊場めぐりが行われます。大神山神社本社―大神山神社奥宮・大山寺―清水寺―雲樹寺ー武内神社を巡ります。
参加申し込みー「水の都プロジェクト協議会」TEL0852ー24ー6521松本修宗方
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最近の私の経験からですが、9月は何かが起こります。昨年はアメリカ発のリーマンに象徴される経済危機。今年は自民党の崩壊による民主党への政権交代。8年前はアルカイダによるアメリカへのテロ攻撃。9月から10月にかけて何かが起こり、世界に衝撃が走ります。
8年前、私は友人たちと久しぶりにフランスのパリを訪れ、帰国するため空港にいました。テレビを見ていましたら、ちょうど飛行機がツインビルに衝突する場面でした。はじめはテレビのドラマの一場面かと思いましたが、そうではなくて飛行機によるテロが行われたのです。今から飛行機に乗って帰国するわれわれにとり衝撃的であり、恐怖を感じました。しかし我々の飛行機は時間どうり帰国の途に就きました。日本につくまでこの事態について何も情報は持たされず、飛行機からの電話も全く通じないようにしてありました。余分な動揺がないようにするためだったと思います。成田について情報を詳しく知り、あぜんとしたのを昨日のように覚えています。
私の親せきのAさんは会社のニューヨーク支店の支店長をしていました。事務所は、あのツインビルにありました。 日ごろから何か起こったらすぐにビルから離れて、集合場所を常に設定して集まる訓練をしていました。事件が起こるとすぐに社員一同ビルから離れ、決めていた集合場所に逃げました。支店長のAさんは会社の看板を持て逃げました。みんな無事でした。
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下条村が日本一出生率なるために若者定住対策を始めて15年の歳月がかかっています。
①村が若者定住促進のために村営住宅を充実させた。村の各所に茶褐色のタイルに覆われた3階建てマンションが9棟建っている。これに1階建ての住宅を含めると168戸、部屋のひろさ2LDKの約63平方メートルで家賃は3万6千円です。
②中学までの子供の医療費が無料。全国どこでかかっても適用される。
③村の財政健全化に村長以下村全体で取り組んでいる。下条村は合併浄化槽方式により借金なしで下水道事業を行った。生活道路や農道などの舗装・改修工事を村が資材費を出し、自ら行うことで大幅に少ないコストで借金もなく出来た。また役場の人員を削減し財政を減らした。これらの創意工夫した節約で作り出した財源を子育て支援や教育、福祉の維持にまわした。そして現在、財政の健全化を示す起債制限比率は1.7%で県内一です。
④子供の親の同じ世代間の情報交換が盛んです。下条村の生活風景は子供が多いのが目立ちます。子供が多いのは村全体の活気になっています。現在村民数4196人のうち15歳以下の子供は726人です。同じくらいの子供を持つ親同士で子育てに関する情報交換が盛んです。15年間こつこつと村民が努力した結果です。
全国各地それぞれ事情が違いますから、すべて下条村のようにとは言いませんがいろいろな工夫は参考になると思います。
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今、民主党政権になり、子育て支援の中学校卒業まで一人当たり毎月2万6千円を手当てすると言うので注目されています。わが国にはその先を行っている自治体があります。
さて、わが国は出生率1.25まで減少しています。少子化が問題になっている中、驚異的な数字を出している自治体があります。長野県の下条村です。人口4500人余の小さな村です。ところが近年若者定住施策により出生率も1993年ー1999年の平均値が1.80。1998年-2002年が1.97に伸びています。2004年単年度では2.59です。そして一番新しいデーターでは2.12と県下で最高と、全国の1.25と比べるとその高さは際立っています。1965年には4500人いた人口が1991年には3800人に減少しました。1990年から若者定住対策を取り組んできた成果がこういう脅威意的な出生率を記録したのです。現在村民数4196人、そのうち15歳以下の子供は726人です。下条村が定住対策をやりだして15年かかっています。成果を上げた点は次回にします。
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笹川尭自民党総務会長が引退を表明されました。日曜日の朝、フジテレビを見ていましたら笹川先生が政界からの引退を表明されました。これまでのご功績を考えると残念です。これも時代の流れかもしれません。笹川先生はお話がとても面白く、愉快で人を飽きさせませんでした。私も選挙の応援に何度か来ていただきました。
その行動は普通の人ではなかなかまねのできないところがありました。笹川さんといえば日本船舶振興会の「火の用心」の笹川良一さんのご子息です。若い時から自分で会社を経営し成功しました。ある時、私の掛合の家に東京の笹川先生から電話がありました。今から自家用のヘリコプターで出雲空港に行くから迎えに出てほしいとのことでした。迎えに行きますとご本人とパイロットと整備士と秘書の方がいました。そして出雲に降りる前に、神戸市の上空まで来た時、神戸にちょっと寄りたくなったので少し降りて用事をしてきたとおっしゃいました。その後、鳥取により富山を回って帰られました。とても普通の人がやれる行動ではありません。すべてが桁外れで、それでいて人の気持ちが分かり、庶民的でした。政界引退は大変残念ですが、お話のうまさと持ち前のキャラクターでハマコーさんの後のよきコメンテターとしてテレビでご活躍されることお祈りします。
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最近めっきり秋らしくなってきました。一昨日の夜も昨日の夜も月明かりだけで散歩ができます。すみきったお月さまは夜空に煌々と輝いています。虫の音も何となく物悲しくなってきました。十五夜に月見団子をお供えして一杯でもやりたいですね。周りでは稲刈りもたけなわとなってきました。
私の友人の青森の山崎力さんのブログを見ていたら面白いことを書いていました。
選挙結果を見て不思議な偶然に気がついた。民主党「308」議席、自民党「119」議席。英国などは月日を日付から書く。つまり「308」は8月30日。「119」は9月11日だ。前者は今回の投票日。そして後者は4年前の投票日だ。衆議院選の過半数241議席。「次の選挙が1月24日だったらなどと考える。人はいろいろなことを見つけるものです。
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私は島根県連合青年団の一員として昭和45年ごろから50年代初頭まで活動しました。戦後青年団活動をする中で多くの地域の活動家が育ちました。竹下登先生、持田勉先生など代表的な方です。
私たちが活動したのは戦後地域青年団活動の盛り上がりが最後のころと思われます。その後はJC,商工会青年部、農政連、労働組合の青年組織等に分散して行き地域青年団の活動は下火になって行きました。もちろん現在でも小さいながらも火を燃やしている地域もあると思います。少子高齢化の影響もあると思います。
私たちのころは松江に青年の館を建設、青年のつばさの創設、公明選挙の推進、結婚純化運動、封建制の打破などいろいろなスローガンを掲げてやりました。また若い男女の良き社交の場でもありました。青年団活動で結婚した人も沢山います。
私も青年団活動の中でたくさんの友達を得ることができ、今も交友を深めています。その友人の中で今は亡き斐川町の直江の新田恭一君がいました。彼とは生涯何人しかできないといわれる親友でした。今でもいろいろなことがあれば、今、彼がいたらなーと思うことが再三再四です。彼は根っからの巨人フアンでした。平成6年4月30日の巨人阪神戦をテレビで見た後、脳内出血倒れ、救急車で中央病院に運ばれましたが、看病のの甲斐なくなくなりました。来年17回忌を迎えます。奥さんも元気で、三人の子供さんにそれぞれお孫さんがいて総計七人だそうです。来年は当時の仲間と一緒になって「新田恭一君をしのぶ会」を開きたいと思います。
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芸術の秋となりました。島根県立美術館で開催されている橋本関雪展を鑑賞しました。橋本関雪は(1883~19459)京都の竹内栖鳳の画塾竹杖会で四条派を学び、画壇に確固たる地位を確立しました。その後、竹内栖鳳と意見が分かれ、竹杖会を離れ弧高の立場を貫きました。ヨーロッパに渡り、西洋の影響も受けました。また中国に30回も渡り画題を求め、南画にも精通しました。昭和期にはいり画題を動物に求め有名な玄猿などを描きました。師の竹内栖鳳との対立したのを画題にした白馬と猿の決して目を合わすことのない寒々ととした絵は印象に残ります。
昨日は三刀屋の都間土建の会長都間隆さんのご葬儀が行われました。大変お世話になりました。心からご冥福をお祈りします。ご子息の都間正隆さんのご活躍を期待しています。都間隆さんは絵が大好きで私蔵の掛け軸などよく見せて頂きました。
毎日、テレビは民主党の動きを報道しますが、NHKのクローズアップ現代に出演する民主党の議員の人たちは中身はいろいろあると思いますが、なかなか良い感じを与えているのではないかと思います。幹事長には小沢一郎さんを充てるなど鳩山由紀夫さんは相当にしたたかと感じました。一昨日の麻生総理の荒れた記者会見は一国の総理の記者会見としてはお粗末でした。自民党も相当にそれこそ褌をしめてかからないと完全にやられてしまいます。財務省の丹後事務次官が先の補正予算の停止を宣言しましたが、その財源で民主党の目玉である2万6000円の子育て支援費や農家への個別所得補償費などの予算として秋の臨時国会に提出するのでしょう。
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淞雲同好会の例会が開催されました。ゴルフの同好会です。出雲の槇野敏員さんがお世話をされ、10年以上前から出雲、松江、大田、雲南地方の人たちが加入して、運営されています。月に必ず2度例会が開催され、1年に24回開かれます。昨日、鳥取の大山のゴルフ場で開催され、私も誘われ、初めて参加しました。行ってみて驚いたのは、最高年齢81歳、ほとんどの方が60歳以上です。例会は月に2度開催されますが、参加するのが楽しみで日常の生活を送っておられます。中には病歴の方もいらっしゃいますが、このコンペに参加する為きちんと精進して体をコントロールされています。毎回平均50人の参加を得て1年間の参加人員は1000人以上です。私と一緒にプレーした4人のうちお2人は78歳と72歳でした。元気なお年寄りのゴルフ大会です。これから天高く馬肥ゆる秋ですが、食べ過ぎず、適度な運動をし、健康つくりに頑張りましょう。60歳以上の皆さん頑張りましょう。
アメリカも日米同盟を心配しているようです。今朝早くオバマ鳩山電話会談がありましたが、日本は明治の時代には脱亜入欧でしたが、今度はアメリカは脱米入中を心配しているようです。アジアの力関係はどうなるでしょうか。
お陰様でアクセス7万回を突破しました。それに1日のアクセスが500回を超えたのは初めてです。感謝いたします。
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テレビを見ると8月30日までと8月31日からではがらりと変わりました。これが政変なのかと実感します。今朝の新聞では新政権に期待は74%でした。しかし民主党政権で日本の政治を変えられるというのは32%と期待する声は低いと思いました。自民党に立ち直ってほしいというのは76%と期待は大きく、2大政党の始まりを予想させます。
私の町には東京株式1部上場の会社の関連企業が3つあります。その1つ、島根イーグル工業を訪問しました。製品は世界中に輸出されていますが、昨年秋からの世界同時不況の影響を受け大変苦労されました。300人いた従業員も一時は150人にまでなりました。しかし今日では200人を雇用するまで回復されていますし、もう50人ぐらい雇用したいという方針だそうです。社長さんから帰り際に人がいませんかと依頼も受けました。地域にとって明るいニュースです。日本全体では5.7%の失業率ですが、早く景気がよくなり雇用不安がなくなることが一番大切と思います。
島根イーグル工業へ勤める人はいませんか。
島根イーグル工業さんに大いに期待します。
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自民党は昭和30年11月15日立党されました。当時日比谷公会堂で立党の大会が盛大に開かれました。その時、記念品に海老茶色の風呂敷が配られました。それはどういう意味かと言えば、森羅万象すべての色を混ぜ合わせると海老茶色になるからです。世界のすべてを対象にするという意味です。風呂敷は世の中のすべての物を包むという意味です。即ち自民党は世の中のすべてのいいことも、悪いことも、地域も、性別も、年齢もすべてを超えてことごとく政治の光を当てるということです。風呂敷はすべてをやさしく包み込みます。政治はすべからく大衆の渦の中から生まれ出るということです。その立党の精神を再び呼び起さなければ再生はないでしょう。
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皆様ご存知のように総選挙は終わりました。マスコミ各社の予想通りの結果となりました。わが県においては細田候補、竹下候補が盤石の体制で勝利しました。心からお祝いを申し上げます。厳しい野党の立場ですが、頑張ってください。
全国的には自民党は大敗を喫しました。これから終戦処理、戦後復興に力を注いで復活し、再び国民のために良い政治をしてほしいと思います。
今日は私の親父の生家、大田市三瓶町池田在住の15代原田進さんがお亡くなりになり、葬儀の為、朝早くからお勤めしました。大変お世話になりました。哀悼の誠をささげたいと思います。
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平成21年版の通商白書が経済産業省より提出されました。衝撃的な報告がなされています。我が国のGDPの世界に占めるシェアは、一時米国に次いで約18%を占めていたが、1995年以降年々低下して2008年には8%にまで落ち込んでおり、今後さらに低下することが見込まれる。2010年には中国が名目GDPで日本を抜くと予測するなど、日本の世界第2位の経済大国としての地位も残りわずかとなていると報告されています。また国民の豊かさを示す指標の一つである1人当たり名目GDP も、OECD加盟国中で3位(2000年)から19位(2007年)と急落している。日本経済を取り巻く環境は今後さらに厳しさを増すことが予想され、経済活動の量的拡大から質的向上への転換が求められるようです。(331ページ)
政治も経済も戦後64年大きな転換点にきていることは間違いないでしょう。
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マスコミの報道が現実ならば、自民党は終戦処理と戦後復興に向けてどうするのか注目されるところです。それこそ民主党が一党独裁になるようなことがあれば日本に悲劇が始まります。
今日、朝日新聞の天声人語に軍書『甲陽軍艦』の一節を引用し、「九分十分の勝ちは、味方大負けの下作なり(したつくり)」。大勝というのはくせ者で、奢りや慢心が後に大敗を招く。だから勝ちは六、七分でいいという、武田信玄の言を述べています。自民党は4年前の郵政選挙の圧勝の遺産にしがみついていたといわれても仕様がないかもしれません。今の自民党は公明党の応援がなくては勝てないほどに力が落ちているのです。民主党も同じように合わせ鏡に映し出されることがあるかもしれません。いずれにしても自民党は勇気と才気ある心ある人が出て、決して民主党に満足している人ばかりではありませんから日本の将来を見据えて立て直して欲しものと思います。それでこそ二大政党といわれると思います。
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総選挙も後半に差し掛かりました。新聞、テレビなど報道機関は毎日のように世論調査を発表しています。大学時代、世論調査は人の心を図るものであり、科学化なるかということに興味を持ったことがあります。当時は世論調査はこっそりやるというのが常でした。今は世論調査はいろんな分野でも行われていますが、特に選挙には付き物になりました。公示から世論調査という怪物にのみれ込まれそうです。世論調査の結果を参考にするのはいいのですが、今は世論調査の結果に候補者や関係者は一喜一憂し、選挙の戦いと世論調査との戦いの2つの戦いをしているようです。世論調査によって民意がゆがむこともあるような気がします。また世論調査の結果で投票も行われていないのに当落が決まったように報道されるのは選挙妨害と言えます。世論調査の結果に流されて、投票判断という民意をゆがめてしまう危険もあります。マスコミというマンモスが世論調査という武器を持って無人の荒野を歩くがごとくふるまうのはどうかと思います。言いすぎでしょうか。こういった機会に世論調査の在り方を考えてみる必要があると思います。
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今日は久しぶりにちょっと昔になりますが、テレビで大変人気がありました「お笑い漫画道場」の名司会者柏村武昭さんと久しぶりにお会いすることになりました。
彼も私も多くの皆さんのおかげで、ともに参議院議員として頑張り、大変仲の良い同僚でした。歳も大学も同じということもあったかもしれません。
彼と会っているといつも物事に対してひたむきな情熱を感じます。
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8月は鎮魂の日々です。先の大戦においては310万人の人たちが戦争で犠牲になりました。私の近所のAさんのお父さんは戦争も敗戦濃厚といわれた昭和20年1月、ちょうど42歳の年でした。赤紙1枚で補充兵として召集され、浜田21連隊に入隊、即満州のハルピンに派遣され、戦死しました。Aさん5歳の時でした。庭の椿の老木の下に迎えに来た自動車に乗りながら「2度と帰ることはないよ」という言葉を今でも鮮明に思い出すといわれます。終戦の日、7か月前のことでした。お父さんはなくなったとき1階級特進の兵長でした。特進よりも命を返して欲しいのです。お母さんは悲しみをこらえながら女手一つでAさんを育てました。Aさんも今年は齢70歳、古希を迎えました。今でもお父さんの出発の光景は忘れていません。戦争ほど悲惨なことはありません。8月30日総選挙が終わり、新しい政権が生まれます。戦争だけはしない平和な日本を創ってください。
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ドイツで行われている世界陸上の女子マラソンは尾崎好美さんが晴れの銀メダルを獲得されました。おめでとうございます。
冷戦終結20年
テレビの画面からブランデンブルグ門がゴールになっているのが分かりました。私は1974年初めて東西ベルリンを訪れました。当時は東西冷戦の真っただ中でした。ベルリンも東西に分かれていました。ブランデンブルグ門を中心に冷戦の象徴ともいえる壁が人の心を遮るように続いていました。西ベルリンから東ベルリンをおとづれると厳しい検閲に会い心が冷えました。東ベルリンは暗い街でした。それから何回かドイツを訪れましたが、大きく変わったのは1989年共産主義崩壊により東西ドイツが統一されたことです。当時ブランデンブルグ門の上に人々が群がり、壁をハンマーでぶち壊しているのは今でも鮮烈に目に焼き付いています。これで冷戦も終わり、世界は平和になり、経済体制も資本主義経済として大きく飛躍するだろうと予想されました。しかしその後、世界はテロ、宗教、民族等の対立が激化し、戦争は終わらず、世界的同時不況、経済の格差、貧困、食糧難など冷戦時代以上に問題が発生しています。
一方、ドイツが統一され世界陸上でマラソンのゴールがブランデンブルグ門になりました。当時の暗い時代と隔世の感があるのも感激です。平和のありがたさも感じるのです。
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今日は放送大学へ入学するための相談に島根学習センターに行き、詳しく指導を受けました。あれもこれも科目を取りたいと迷いますが、そんなにできるものではありませんので英語をもう一度勉強しようかと思い2科目とることにしました。どこまで続けられるか心配ですが、スタートすることにしました。この次は全く未知の世界である韓国語を勉強したいなとも思いました。総務・広報主任木下正晴さんに大変お世話になりました。
その後いろいろお世話になった方が日赤に入院されたのでお見舞いに伺いました。早く元気になっていただきたいです。
久しぶりに東京から友人が事務所に遊びに来ましたので都の話を伺いました。最近はエコ時代かと思いますが、太陽光発電の目覚ましい発展についてうかがいました。友人はそういう関係の仕事をしていますが。
昨日から今日にかけての朝日、毎日、読売、日経各紙とも全国的には民主党圧勝の記事で埋まっています。東京都議会選挙の世論調査の結果もあり、このまま行けば自民党もいよいよ下野することになるのかな。8月30日の夜はどうなる事やら。
夕方は飯南町の女性の皆さんからいろいろ話が聞きたいというので伺いました。田舎はいろいろな問題を持っていますので私の方が勉強させられました。
写真は静岡の徳川家康ゆかりの駿府城です。
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この3日間島根県を東から西へ、西から東へと縦貫しました。とても時間がかかります。あちこちで高速道建設の工事が進んでいますが、もっと早く進んで少なくとも1時間は短縮されればよいのにと思いました。島根にとって大切なことはたくさんありますが、なかでも高速道の実現が急がれます。
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総選挙が始まりました。今度の選挙は戦後始まって以来初めてといわれる政権交代の可能性があるといわれています。どの政党もマニフェストを作成し、選挙ならではの国民の気を引くばらまきと言っていい政策の羅列です。今考えてみなくてはならないのは、あの忌まわしい戦争が終わり64年がたちました。私たちはたくさんの先人の努力により平和な日本を作り上げてきました。また廃墟の中から今の経済力ある日本を創ることができました。それは今の憲法、特に憲法9条の存在が大きかったと思います。今度の選挙を通じてこれからの国のかたちを真剣に考えなくてはならないと思います。歴史家E・H カーが「歴史とは何か」の中で「歴史は過去との対話」であると述べています。私たちの原点は二度と再びと戦争はしてはならないということです。そのためにも、どの党もいかなることがあっても戦争はしない平和な国、日本を作っていかなくてはならないと約束しなくてはなりません。その確約が一番のマニフェストと思います。日本が世界から一目置かれる国とは平和に徹する国づくりと思います
地方は疲弊しています。この間も農家の働き手が経営の行きずまりで自殺した話を聞きました。今農村社会は農業を業としてはやれません。少子高齢化、過疎は続き高齢化率も年々上がりとても農業などとはと言ってはおれない状況です。せいぜい僅かな年金で細々と命をつないでいるといったほうがいいような状態です。よく誰もが言う言葉に農業は国の基であるといいます。しかしそれは完全に放棄されています。自給率を上げますとか何とか言っていますが、それは言葉のたわごとにすぎません。農業のお世話をする農協も自分の経営を維持するために四苦八苦しているといたほうが良いかもしれません。国の基幹産業として農業を位置づけるならば、人口が都市へ集中していくのを止めなくてはなりません。道州制などというばかげたこという人がいますが、これは地方をますます疲弊させ農業の衰退をますます加速さすものです。
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昨日までの雨もあがり、気持ちの良い夏祭りが開催されました。
私は30有余年ご招待を受けている掛合の入間、波多、松笠の祭りに行きました。どこも老若男女、善男善女でにぎわっていました。それぞれの地区で工夫がなされた夏祭でした。
入間では昔、仲人をした方が子供さんを連れてきていました。大変大きくなっているのにはびっくりしました。
波多では石見神代神楽を浜田の上府社中の皆さんが演じていました。主催者の岩川さん親子は太鼓にもご熱心で「神祇太鼓」を結成されて島根県太鼓連盟の有力メンバーであります。さすが石見でも有名な社中ほどあり素晴らしい演技でした。写真は子供神楽の白熱した舞台です。
松笠は先祖代々つたわているの盆踊りを若い皆さんも一緒になって歌い踊っていました。どこでも花を出しますが、その後、ビールやお酒が出され、いささか酩酊しました。沢山の人にお会いし、楽しい一夜でした。来年が待ち遠しく思われます。
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久しぶりにいい天気になりました。
今年もお盆をお迎えする時期になりました。お墓や仏壇の掃除も終わり、お寺へもお参りし、お盆を迎えました。夏休みで来ている孫たちと共にお墓にお参りしました。盆花、線香をお供えし、灯篭に明かりをつけました。ご先祖様に感謝の気持ちを込めて、手をしっかりと合わせました。お墓の前で手を合わせますとなんだか気持がさわやかになります。15日にはお寺さんもおいでになり仏壇を拝んで頂けます。
このあたりは夏に成人式が行われますが、一度若い人たちの前で最近思うことを話してみたいと思います。また夏祭りのお誘いがある地区へはおうかがいし、久しぶりに会う人たちと一杯やるのも楽しみです。昼は我が家へおいでになった方たちと談笑するのも楽しみです。今日一日はお盆休みです。
上の写真は親父と一緒に専正寺の境内に建立した親鸞聖人様の銅像です。合掌
お盆が終わると、稲刈り、運動会とまた忙しくなります。あ! そうだ今年は総選挙でにぎやかな秋を迎えます。政権交代が現実的になると毎日報道されています。1989年の共産主義崩壊により象徴的だった東西ドイツの壁が破壊され、ブランデンブルグ門の開放の映像が思い出されます。でもその後、世界は平和になると思われていましたが、今日まで世界はずーと混乱が続いています。一か月後の日本はどうなっているのでしょうか?
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09年9月19日(土) 雲南市木次町チェリバホールで「ガーダ・パレスチナの詩」映画&古居みずえさんのトーク&インタビューが開催されます。古居さんは雲南市掛合町の出身です。1988年よりパレスチナのイスラエル占領地を訪れ、パレスチナ人による抵抗運動・インティファーダの取材し、パレスチナの人々と生活を共にする中で、特に女性や子どもに焦点を当て、取材活動を続けています。そして映画が作られました。
オレンジやオリーブが実る豊かな大地がありました
青い空の下で おおらかに歌われる愛の詩がありました
そんな暮らしが ずっと続いていくはずでした
58年ほど前 ここに ある国が作られ、
住んでいた人々は故郷を追われ、
家族を奪われました
そして 今 ひとりの女性が失われた詩や暮らしを取り戻そうとしています
皆さん是非ご覧ください。
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いよいよ総選挙が近づきましたが、各政党とも全国で大変な選挙戦を闘っています。自公連立の公明党は東京都議会選挙では23議席おさえて意気揚揚ですが、内実、投票率が伸びたのに現実投票総数は減少しました。多分幹部の皆さんは心配と思います。中国地方は比例区で2人当選を期しておられますが、中国5県で60万票以上を獲得しなくてはなりません。そのためには島根で6万票以上を確保しなければなりません。現在は5万2千~3千だそうです。私が自公のお世話をさせていただいている頃は6万以上を確実に確保できました。勿論自民党も目標数は確保できました。即ち効果的な相乗作用でした。先般、公明党の関係者がお出でになり、昔のようにならないかとお話しになりましたので微力を尽くすと返事しました。小渕内閣の時代、野中官房長官のもとで自公連立政権ができました。その原点を今一度考えてみないといけません。基本は「政冶の安定」と「平和な日本づくり」であったと思います。公明党は「平和と環境」に徹してほしいと思います。自民党の右傾化をけん制するのも連立与党の役割と思います。
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せっかく長崎に行きましたので、私の住んでいる雲南市三刀屋町飯石出身の永井隆博士の如己堂と永井記念館を訪れました。永井博士は長年取り組んでいた結核患者の治療のため放射線の障害を受けて、白血病にかかり余命あと3年と診断されました。妻の緑さんに告白し夫婦でその運命を受け入れました。8日の朝、妻はにこにこしながら出勤を見送りました。それが別れでした。博士はその夜は防空当番で教室に泊まりました。9日の朝11時02分原子爆弾が投下されました。博士は傷つきながらも、患者の救護に当たりました。もちろん妻緑さんのことも心配だったと思います。3日後、家に帰り、妻の焼けただれた骨盤とロザリオの鎖を見つけました。博士はその後死ぬまで献身的に原爆の負傷者の治療に当たりました。
博士は次第に白血病のため歩くことができなくなりました。関係者が2畳一間きりですが、博士のために家を建てました。博士がいつも言われていた「己の如く人を愛す」にちなんで如己堂と名付けられました。そこで疎開のため原爆からのがれた2人のお子さんと語らい、研究し、「長崎の鐘」をはじめとして14冊の本をものにしました。またカトリックの信者として浦上天主堂の再建にも尽くしました。世界の平和を念じて1951年43歳で永眠されました。博士は長崎市、三刀屋町の第一号の名誉市民、名誉町民に推戴されました。
永井記念館に行って思いましたのは若い女性の皆さんが多く参観しているのには感心しました。
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8月9日、長崎は原爆投下から64年となる原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催による原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が2万9千人の訪れにより開催されました。私も平和の大事さを胸に秘めながら参加しました。原爆を投下された日とたぶん同じように、うだるような暑さでした。田上長崎市長は平和宣言で、「核兵器のない世界に共に歩んでいこう」と呼びかけ、また核なき世界を目指すとしたオバマ大統領のプラハ演説を「核超大国アメリカが、核廃絶に向けてようやく一歩踏み出した歴史的瞬間」と評価しました。原爆で家族8人を亡くした奥村アヤ子さんのあいさつには涙を禁じえませんでした。爆心地の城山小学校の生徒さんたちの平和の願いを込めた合唱にも感動しました。来賓として麻生太郎総理らが「平和へ願いこめて」挨拶がありました。
長崎はその日、曇空であたそうですが一瞬の雲の切れ間に原爆は投下されました。7万4千人の人が一瞬にして帰らぬ人となりました。その後今日まで原爆死没者名簿に登載された人は14万9266人です。心から哀悼の誠をささげるものです。
世界に本当の平和が訪れることを祈るものです。
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8月9日は64年前に広島についで長崎に原爆が投下された日です。隣町の三刀屋町出身の永井隆先生は被爆され、白血病と戦いながら市民の救護のために努力されました。明日は長崎に行き原爆の犠牲になられた方々に哀悼の誠をささげたいと思います。核廃絶を願い、世界の平和を祈りたいと思います。
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久しぶりに上京しました。東京も雨模様でした。今年は日本中、雨にたたられ、8月3日の立秋が過ぎてからでは梅雨明け宣言といってもピンきません。上京の飛行機の中には農協関係の幹部の方たちの顔が見えました。多分今、民主党のマニフェストで有名になったアメリカとのFTA 交渉に対する農業団体としての反対行動のためと思います。
最近、新聞、テレビ、週刊誌を見るとすでに民主党が政権を奪取したように書かれています。中には組閣名簿まで予想しています。報道辞令とはこのことかと思わせます。全国の候補者に○とか△▲を付けて予想し、あたかも決定と思わせるのはどうですかね。 各候補者はやりきれないでしょう。世論調査の恐怖です。評論家といわれる人達の天下ですね。
マスコミの予想と違って民主党政権ではなく、これまでどうり自民公明政権が勝利を収めたときはどういう弁明をマスコミはするのでしょうね。特によく出る評論家やアナウンサーなどはどういう顔をして、言い訳をするのでしょうね。 ちょっと想像すると面白いですね。
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広島は今日64年目の原爆の日を迎えます。改めて戦争の悲惨さを思い、二度と戦争をしてはならないということを決意しなくてはなりません。私は小学校ころ「原爆の子」という映画を見ました。その画面に映し出される光景はまさに地獄絵でした。ショックを受けました。二、三日食事が喉を通りませんでした。何で人間は戦争をするんだろう。戦争は絶対にしてはいけないと思いました。その後、私の政治を歩む原点になりました。今年はオバマのプラハ演説により核廃絶の理想への期待が高まっています。一方北朝鮮の核開発に恐怖を覚えます。世界からは戦争の危機は取り除かれていません。これだけ科学が発展しても人間の愚かさはと思うばかりです。しかし私たちは戦争は絶対にしてはならないことを再び誓い合わなくてはなりません。
今日の各紙には原爆症訴訟全員救済へと書かれています。実現することを期待しています。
いつか広島へ、長崎へアメリカの大統領が訪問することがあるでしょうか。
しずかに原爆被爆によりお亡くなりになった方々に哀悼の誠をささげたいと思います。
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毎日の雨模様と一緒で40日ものダラダラした政治空白は日本の将来に暗い影を投げかけています。この間、アメリカと中国の経済外交の促進、今度は突如としてクリントン元大統領が北朝鮮を訪問し、金正日総書記と会談し、口頭で今後の日朝関係の改善を約束し、北朝鮮が3月から拘束しているアメリカ人女性記者2人を即刻開放し、早々と帰国させました。あざやかなものです。すべて日本の頭越しに外交が進んでいます。麻生総理が新潟へ行き、横田めぐみさんが拉致された現場を見たのはいいですが、蓮池さんたちと会うことが出来なかったのは政権が信頼されていないと思います。日本の拉致問題は小泉内閣の衝撃的帰国以来、何ら進展していません。完全に日本はアメリカからも中国からも北朝鮮からも無視されているといっても言い過ぎではないと思います。官房長官の記者会見は弱弱しく信頼を国民に与えるものではありません。こんなことでは選挙の結果は昨日の共同通信の世論調査のようになるかもしれません。もっと内閣が力強く国民に信頼を与えるようにしなければ日本が心配です。
企業もこんな日本ではとても企業活動ができないと思い、今朝の新聞を見ると江津市にあるパナソニックが撤退を決定しました。そしてBRICSの方にシフトを敷くそうです。またもや雇用不安が出ると思います。
田中江津市長に電話をしましたら朝早くパナソニックの本社へ抗議をするため高速道を走っておられるところでした。がんばってください。
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いよいよ衆議院選挙が近づいてきましたので、松江の一畑ホテルで自民党島根県連の職域支部・団体協議会合同会議が開催され、私の事務所も職域支部に所属していますので参加しました。青木幹雄県連会長、細田博之自民党幹事長、一区選挙区から細田重雄県議、二区選挙区からは上代義郎県議がお願いのあいさつがありました。
その後意見交換になりましたが、あまり意見もなく静かな状況でしたので、こんなことでは選挙にならないと思い一番後ろに座っていましたが、手をあげて、大きな声で「景山俊太郎」と名乗り、「今回の選挙、前回の参議院選挙の轍を踏むことなく、今日を期して頑張りましょう」と必勝を訴えました。大きな拍手をいただき少し盛り上がりに役に立ったと思います。
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いま日本の雇用は危機的状態です。今年5月の完全失業者は348万人です。失業率でいえば4月と比べて0.2ポイント上昇し5.2%ととなりました。単純にいえば1000人のうち52人が失業しているのです。また5月の有効求人倍率は0.02ポイント低下して0.44倍となり過去最低です。10人の就職希望者のうち半分の5人も就職ができないのです。ハローワークを訪れる求人者も減っています。さまざまな経済指標が上向きつつある中で雇用情勢は厳しい。
我が国は「雇用調整助成金」を制定し、失業を抑えています。もちろんいい制度ではありますが、09年5月現在この制度を6万7192社ー233万8991人が利用しています。この状態で会社経営を長く続けることはできないと思います。いわば失業予備軍と言われるかもしれません。この数字と完全失業率を合わせると日本の失業率はアメリカに次いで悪く8.8%といわれるのです。
ニートは64万人、フリーターは170万人といわれています。
今度の衆議院選挙は誰もが生きていくことができる「命の保証」をするのがマニフェストとおもいます。
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今朝は昨日とは打って変わり、日がさし、すがすがしい朝を迎えました。2、3日前から急に蝉が雨中といえども、激しく鳴き出しましたので、そろそろ雨もやみ、季節が変わるのかなと思っていましたが、そのとうりでした。
庭を眺めていましたら大きなオニヤンマがひらひらと飛んでいた蝶を一瞬のうちにとらえて何処かへ持って行ってしまいました。自然の中の凄まじい生存競争を垣間見ました。
稲も穂をつけ始めました。
8月に入り、あちこちで夏祭りが始まります。昨夜は東京から友達が来ましたので、松江の水郷祭の花火大会を見に行きました。大空いっぱいに広がる大輪の輪は短い命でも人の心を和ませます。花火があがる時のドンという音、空いっぱいに響き渡るバリバリという音は真に小気味よく響きます。久しぶりに花火を堪能しました。
今日は、盆が近づきましたので、お墓の掃除をしようと思います。これから暑い夏が続きますが、皆さまもお身体をお大切にしてください。
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今朝も起きてみると昨日と変わることのない霧雨が降っています。いつになったらすっかとした天気になるでしょう。8月になっても梅雨明けにならない年はこれまであまりないんではないでしょうか。全国各地では農林水産業や電気製品販売を中心に影響が出ています。そうした中でも蝉の声は一日中聞こえますし、庭先の花は季節を忘れず咲きほっこっています。
今朝も時事放談をテレビで見ましたが、片山前鳥取県知事さんはこの間,奥さまが亡くなられたにもかかわらず、しっかりとした意見を述べていらっしょいます。
総選挙まで、あと一ヵ月、無政府状態の中でだらだらとし(国民のいら立ちは深まるでしょう)、マニフェストと言えば,ばらまきのオンパレード、本当にできるのですか。この間,米国と中国はごそごそ何かやっています。今の政治も経済も田舎の将来も見通しが立たない中でこの選挙に国民の内在したマグマが爆発するような気がします。
私も実体政治を離れて2年になりますが、今の政治を見ていてそうじゃないんだよなと思うことがたくさん有ります。島根なんか道州制を導入されたら完全に疲弊してしまいますよ。
早く国民が安心を持つことができ、希望が持てるようにしなくてはなりません。
昨日から明治の国つくりに大きな影響を及ぼしたとされる西郷隆盛と大久保利通を中心にした当時の時代を描いた「翔ぶが如く」司馬遼太郎全10巻を読みだしました。小選挙区制を導入してから15年、いまいずれにしても時代の変わり目、どの党がとっても国民中心の国つくりが急がれます。
この間、カ―ルマルクスの「資本論」を学生時代に帰ったつもりでかじってみましたが、現代社会を分析するにはなかなか参考になります。
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昭和30年には島根県の人口は91万9千人でした。その後日本の重厚長大の重工業中心による高度成長戦略の下、「集団就職」などという言葉に表されるように、島根の人口は減少しました。特に、昭和38年の豪雪は人口減少に拍車をかけました。島根県は過疎問題に今日まで悩まされつづけました。昭和46年には島根の人口は76万人台にまで減少しました。その後「農村工業導入法案」の制定により1町村1工場と企業誘致することにより、一時、78万人台に回復しましたが、その後また減少に転じ、今日では72万人台となり、あと数年で60万人台になると予想されます。また少子高齢化により悩みは深まって行きます。
こういう状況の中でも、たくさんの若い人たちがIターン、Uターンし、島根で生活をする決意をしているのです。
島根県農林水産部の5人のスタッフにより「鄙びと」を結成し、写真の「田舎ごこち」を発刊し農林水産業に従事して頑張っている10組の若者を紹介しています。
テーマはスローに生きる、自然との調和、野菜作り、ファーマーミュージシャン、牛と共に千里のあゆみ、人と自然をつなぐ森林、ビジネス、若ものが集まる漁業、自然のまたっだ中で繁盛する牧場のパン屋さんなど見ごたえ、読みごたえがあります。島根にも農業を目指す逞しい若者がたくさんいます。田舎に希望を持った若者が再び都会に出ていくことがないような政治が必要です。
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せっかく名古屋に来たのでお隣の静岡県により、松江北高校の同級生の興直孝静岡大学学長を訪れました。興学長は静岡大学出身の学長で、母校の学長を務めるのは歴代学長の中では初めてです。私が参議院議員の時代、彼は科学技術庁の官房長や原子力局長、内閣府の政策統括官を務めていましたが、郷土島根のためにお互い努力したのが昨日のようです。その後、彼は広島大学の副学長等を務めた後、現職に就きました。久しぶりにお会いしましたが、元気で、教職員、学生から大変信頼されていました。窓の外は大雨でしたが、話が弾み、時のたつのを忘れるようでした。帰り際に大学構内を案内してくれましたが、とても広く、遠く駿河湾を望み景色の良いところでした。再会を期してわかれました。
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政治の現場が分かっている野中先生、歴史の専門家半藤さんが総選挙後の政権交代をうらなわれました。話をうかがっていると、今年の後半は日本大乱が予想されます。
野中先生は「日本が今後、戦争のない平和な国としてやっていくための選挙であって欲しい」と総括されました。
麻生総理は自民党の両院懇談会で、自分の言動や行動などで迷惑をかけたと涙を流して頭を下げられましたが、一国の総理が自分のことで涙をを流すなんて情けない。泣きたいのは国民の方です。
いま日本には老後の不安、若者が夢を持てない社会、派遣ぎりなどの解雇、合わせて雇用不安、母子加算を平気で切ってしまうな政治、貧困など涙をこらえて頑張っている人がたくさん居ることを銘記すべきです。
国の指導者は自分のことで涙を流すなんてとんでもない。国のために汗を流すべきです。最近の総理は途中で職務を放り投げたり、涙を流したりまったくおかしい。
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今日は名古屋場所千秋楽です。以前福岡関とお約束していましたように、日帰りで隠岐の島町出身の福岡関を応援に行くことにしました。
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本日ついに6万回のアクセスに到達しました。これもひとえに皆様のおかげです。心から感謝いたします。
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川は濁流です。
昨日は豪雨に見舞われました。山口県の防府をはじめ各地で災害により、貴重な人命が失われました。心からお見舞い申し上げます。

皆既日食です。
今日は皆既日食が国内で46年ぶりに見ることができるそうですが、天気が良くなることを祈るばかりです。
いよいよ衆議院解散も決まり、俗にいう「政権選択の選挙」に突入しました。それにしても、投票日まで長過ぎて政治空白になるのが心配です。こんなことで日本の経済は大丈夫でしょうか。
今回も多くの方が政界を引退されました。政治や人の生き方など随分教えて頂いた小泉純一郎先生、河野洋平先生、野呂田芳成先生、津島雄二先生、よき先輩、良き友、良き酒飲み友達としてお付き合いいただいた岩国哲人先生、玉沢徳一郎先生、遠藤武彦先生、大野松茂先生、木村隆秀先生、鈴木恒夫先生、仲村正治先生、杉村大蔵先生、県議会議長を島根と滋賀で一緒にやらしていただいて以来の友人岩永峯一先生などそれぞれ政治の世界に大きな足跡を残され引退されました。本当にご苦労様でした。しかしこれからも健康に留意され、日本のため郷土のために頑張ってください。いつかお会いできればと思います。
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平成研の津島会長が次の衆議院選挙に出馬しないと表明があったそうです。ある衆議院議員が電話してきて「もう情けない、絶対に許せない。派閥のわれわれに一言もなく会長が引退表明をするとは!」と嘆いていました。いい意味での親分子分というのはなくなった典型と思います。求心力などあったものではありません。自分のことだけを考えて、さっさと敵前逃亡といわれても仕様がないでしょう。「斜陽」の太宰治さんが嘆いていることでしょう。
日本の政治をリードしてきた平成研究会の行く末はどうなるでしょうか。
次の候補者は津島会長の息子さんでしょうか、山崎力さんでしょうか。
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昨日は出雲の大津で長らく眼科医としてお世話になっていました私の叔父の三回忌の法要がありました。親類縁者子供、孫、曾孫が集まって賑やかな法要でした。叔父の長女は京都の寺町の天寧寺に嫁いでいます。
天寧寺は室町初期、傑堂能勝和尚が会津若松に開きました。天寧寺は天正の変による焼失で十世祥山が京都寺町に移転し、戦国の智将直江兼続が再建し、武人・文人らが文化サロンを形成したとされます。この寺の見どころはいろいろありますが、その一つに寺町通に面して立つ薬医門から眺める比叡山が、額に入れた絵のように見えるところから「額縁の門」ともよばれています。写真を拡大してみてください。京都にお出かけの節はご覧ください。
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昨日はすごい雨が降りました。県内相当災害が出たのではないか心配しています。いよいよ梅雨も明ければ暑い夏の到来です。県下各地でも夏のイベントが目白押しと思います。今年は不景気の影響で全国的には花火の中止など心配されています。
「水の都プロジェクト協議会」の主催による7月25日、26日の『嫁が島祭』のオープニングが近づきます。2日間にわたる行事の一つとして『湖上大鼓』が島根県太鼓連盟の主催で、7チームの参加により、去年に引き続いて行われます。また8月1日には『歩いて渡る嫁が島』が朝8時30分から実施されます。いよいよ夏のイベントの開催です。それらの成功のための団結式が開催され、私も顧問のひとりとしてご挨拶をいたしました。松江、島根半島、出雲と自然豊かで文化、伝統、物語のある地域をそれこそ世界遺産登録すべきと打ち上げたらどうですかと訴えました。
嫁が島で打ち鳴らす『湖上大鼓』の参加チームは次の太鼓連の皆さんです。応援をお願いします。
①宍道太鼓 ②掛合太鼓保存会 ③石見あらがね太鼓 ④神戸川太鼓 ⑤斐伊川さくら太鼓振興会 ⑥三刀屋太鼓 ⑦飯梨郷ふれあい太鼓保存会
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麻生総理が解散を予告しました。7月21日解散、8月30日投票だそうです。その後、自民党は混乱が続いています。古賀誠先生は党の選対委員長を一連の地方選挙の責任を取り辞任されました。また両院議員総会を開く為の署名活動もなされました。総裁選挙まで取りざたされていますし、この混乱で敵に塩を送っている状態が続いています。
解散はスッパとやってこそ効果があると思います。議員はいつ首を取られるか、いつ取られるかでびくびくし、権力者に膝まづいていると思います。ところが解散の手の内が分かれば、自分にとって有利、不利を慮って行動しだします。権力者は手の内を明かしていますから、その間、砥石で天下の宝刀を世間にさらして研がなくてはなりません。誰も分かっていても、首を取られるのは嫌だから、みんな右往左往するのは当然と思います。
でも結局は総理の解散権は何にもまして強いと思います。
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出雲の長岡市長のもとに農林水産省から河内幸男さんが副市長として就任されました。昨日わざわざ、ご挨拶においでになり、誠に恐縮しました。なかなかのナイスガイでいい仕事をされると思います。この地域にしがらみがないだけに、それだけメリハリのある農業政策を推進されると思います。期待すること大です。健康に留意し頑張ってください。
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毎週受講している島根大学の関耕平準教授の前期の授業もあと2回となりました。学生は夏休みを前に前期試験が近づき関教授の教室はいっぱいです。相当に出席点が加味されるようです。若い関準教授と若い学生達と授業を受けるのは、今の時代の感性を感じ、自分自身も感性を磨くことができます。総選挙が近づいていますが、将来を担う若者の政治行動は国を動かすと思います。
私の知り合いに10年かけて放送大学を卒業し、現在、大学院で勉強を続けている人がいます。働きながらの努力に感心します。私もこの秋から放送大学に入学し、少し時間はかかるかもしれませんが、卒業しようかと考えています。新しいことに挑戦することは若さを保つ秘訣かもしれません。
今日もうだるような暑さの中で頑張りましょう。
桔梗の花が真っ盛りです。
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いよいよ総選挙の日程が決まりました。麻生総理は何を掲げて選挙を戦うのでしょうか。民主党は「政権交代」をスローガンを掲げていますが、これに勝る国民にわかるメッセージなり、スローガンを掲げなければ与党の選挙はぼやけた、ただお願いだけの選挙になり、国民の心を掴むことができないと思います。過去を振り返れば、例えば池田内閣は「所得倍増」、佐藤内閣は「沖縄の復帰なくしては戦後は終らない」、田中内閣は「日本列島改造」、中曽根内閣は「行政改革」、最近では小泉内閣の「改革なくして成長なし」「郵政の民営化を国民に聞いて見たい」など、その時々の課題を率直に分かりやすく訴える言葉は大切と思います。麻生総理は国民に率直に訴える言葉を発してください。
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自民党は東京都議会選挙で大惨敗を喫しました。自民党候補者には全くと言って責任はない。国政の影響がもろに出たからです。これは安倍政権が本会議を招集しながらベルが鳴る1時間前に総理の座を投げ出して醜態をさらし、それに続いた福田政権は民主党の小沢代表に恐れをなして政権を投げ出し、そして麻生総理は毎日のようにホテルで酒を飲み、作り笑いをし、言行に対し一貫性がなく、いつも小派閥の故かどうかは知りませんが君主豹変し、その上側近の不祥事、、本予算、補正予算と組まれた割に中身知られず、評価されていません。郵政の人事では西川氏を残し、鳩山邦夫総務大臣の首を切り、一番の政治の友を失ったことも国民の信頼を失いました。また構造改革を忘れてしまったのではないかと思われる政治姿勢など国民の気持ちは自民党からは離れてしまっている。
東京都議会選挙の総数の中で自民党に投票した人の数は民主党の投票数より相当少なく、これを次の総選挙に当てはめれるならば、ほとんどの東京の小選挙区では自民党は当選者はいなくなります。そのうえ比例投票も少なくなり、比例区で当選できる人も激減するのは間違いないと思います。一連の最近の地方の大型選挙の傾向を見れば、自民党が全国的に減少するのは必至だと思います。
自民党は今一度本当に国民が何を求めているか、日本の将来はどうあるべきかを考えてきちんとした政権戦略を取らなければ、顔を変えようが、人気のある人を担ぎ出そうが、国民の信頼は戻ってこないのではないですか。しかしこんな逆風の中でも自民党に投票した人はいるのだからその塊を大切にしなくてはいけません。
小泉内閣に対する批判もありますが、あれだけ高支持率を得たのはなぜだったかということは今一度検討すべきではないですか。
旧経世会が与野党に分裂し、平成研の力がなくなってしまったのも自民党に活力を失わせています。
公明党との連携もいつまで続くか分かりません。公明党も弱い自民党から離れていくでしょう。
いずれにしても今後の政局から目が離せません。
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今年のG8サミットも終わりました。オバマ大統領は「核兵器のない世界に向けた状況を作ることを約束する」とした核軍縮・不拡散に関する首脳声明をまとめました。またオバマはブッシュと違って、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効に努力することを強調しました。そして核安全保障サミットを来年3月に米国で開催することを表明しました。オバマは世界の指導者の中での指導的役割を増しています。
麻生総理は核兵器廃絶のために核サミット、ないし将来のサミットを広島、長崎で行うことを提案ぐらいして欲しかった。世界の首脳が一堂に会して、世界で唯一の被災地広島、長崎に集まってサミットが開催されるようになれば核兵器廃絶に大きなうねりができると思います。そういう環境を作って欲しい。またアメリカ大統領が広島、長崎に、日本の首相がハワイのパールハーバーを相互に訪れることができるようになれば世界も大きく変わるでしょう。今年も暑い8月がまもなくやってきます。
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「60歳のラブレター」と「人生に乾杯!」の2本の映画を鑑賞ました。
「60歳のラブレター」を作るきっかけは2000年からスタートした住友信託銀行が企画した夫から妻へ、妻から夫へ・・・・ 口には出して言えない互いへの感謝の言葉を一枚のはがきに託すというものです。団塊の世代が一斉に定年退職を迎え、第2の人生をどう生きるかが大きな命題となっています。夫婦の心の機微を映像に映し、感動につなげ、日本に仲のいい夫婦や家族をもっと増やしたいとの思いで製作されています。
「人生に乾杯!」はハンガリーの映画です。年金にはもう頼れない、幸せになるために立ち上がった老夫婦がヨーロッパの小さな国のヒーローに!しかしやりきれない老後。二人の行動が政府を変えることができたのか?
人生の後半を送る人だけでなく、これからパートナーとともに人生を歩む若い夫婦に見てほしと思います。
内容は見てのお楽しみ。
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雲南市市政懇談会が掛合町で開催されました。雲南市は2郡5ヵ町村が合併しました。典型的な中山間地帯であり、高齢化率31%、少子化、人口減少、広い面積、標高差、居住地域の点在化、農林産業の零細化、公共工事頼りの地域経済、雇用の場の縮小等いろいろな問題を抱え、各地域が均等に発展するには市の相当の努力が必要でしょう。土江教育長さんから市政全般について説明がありました。「雲南市の特徴である食の豊かさを中心にした雲南ブランド化プロジェクト、雲南市の財政健全化を図り平成24年度に収支均衡の実現、雲南総合病院の経営健全化」などについてでありました。
その後出席者から質問を受けて質疑応答がありました。なかなか掛合には論客がそろっています。次から次へと質問や提案が続き執行部の皆さんは大変でした。中でも掛合小学校は5つの小学校を統合して建設されましたが、未だグランドがなくて教育に大きな影響があること、都市計画もない町作りをどうするのか、防災対策、特に災害時の連絡網の徹底化、市政懇談会の在り方を検討し若い人たちにもっといろいろアッピールすること、老人クラブは地域の美化運動などに努力しているのに公共施設の使用料を取るのはおかしい、掛合診療所の充実、松江尾道線はいつ実現するのかなど1時間30分の懇談会は瞬く間に終了しました。でもこういう会合は地域住民の本当の気持ちが出てよかったと思います。
今日は市長さんはおいでになりませんでしたが、女性の皆さんから市長さんにお会いしたかったといった声が出ました。市長さんは女性から相当期待され、人気があります。
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先般、私は留守をしていましたが、安来市西比田から金屋子地区改良期成同盟会の初代会長岩田幾男さんが我が家にお出でになりました。それは西比田地区にとって生活道路でもあり、農産物の運搬道路でもある金屋子農道が完成した報告でした。この道路は地域の悲願であり四分の一世紀を経て完成しました。その完成のために岩田幾男さんは地域の皆さんの先頭に立ち、国や県に働きかけ、今日「県営一般農道」として全長7979mが完成したのです。その当時、私に岩田さんからぜひ実現したいので協力してほしいと強い要請があり、私もいささかの努力をさせて頂きました。今日完成を見るに当たり、当時を思い出し絆を忘れずに完成報告においでになったのです。ありがたいと思いました。
私は政治の道を歩いてきましたが、岩田さんの報告を聴き良かったなと思い、まさにこれが「男冥利に尽きる」ということかなと感じたところです。私は政治を志してよかったと思いました。
今後、金屋子農道を活用され、ますます西比田地区が発展されることを祈っています。
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地方の動きが大きく変わりつつある気がします。知事さんたちが国に対して、これまでの陳情体質から対等に意見を述べるという傾向になりつつあります。大阪の橋下府知事、宮崎の東国原知事などは目立っていますが、他の知事もそうだと思います。また最近の大型地方選挙で民主党が連続的に勝利をおさめています。昨日も静岡県知事選挙は民主党系の川勝平太氏が勝利しました。それももう一人の元民主党の参議院議員の海野氏と合わせると100万以上の投票を得ています。地方に確実に構造的変化が見られます。明治維新のとき、地方の下級武士が国を動かしたのとオーバーラップします。自民党はそもそも地方を大事にし、地方の支持でこれまで政権を保ってきました。自民党はこれまで地方からいろいろ要望を受けて、それに国の予算を確保することで信頼を受けてきました。当時、議員は国の予算の個所付けがなされるといち早く地元に連絡し、地元の自治体や住民から喜ばれ、それが選挙につながってきました。今、そのやり方が受けなくなってきました。今度の大型補正でもその中身はあまり知られず、たとえ地元に連絡しても多分昔の様な一般住民の気持ちはなく、むしろ冷めた気持ちになっていると思います。これはなぜだということを自民党は総括しなくてはますます民意は離れていくと思います。国民は老後の不安、若者は将来の不安、雇用の不安等のなかで、政治に対する期待とか考えが大きく変貌しています。ただ公共事業の予算をつければ納得という時代ではなくなっています。自民党は人事をいじって目先を変えるようなことだけでは国民はついてこなくなっています。永田町だけの論理では政治は動かなくなっています。
さて民主党は鳩山由紀夫代表に政治資金の問題が出てきました。たぶん近いうちに岡田氏に党首交代するのではないかと推察します。そうすると自民党にとって手ごわい相手と思います。自民党も党首交代ということもあり得るのではないですか。ただ麻生さんはなかなかのあまのじゃくですから最後まで粘られるでしょうし、一方では麻生おろしがはげしくなるでしょう。そのうち自民党分裂などということが起こらなければよいですが。自民等の底力は発揮されるでしょうか。
12日の東京都議会議員選挙の結果はこれからの日本の政治にインパクトを与えるかもしれません。
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