旅行・地域

飯南町 頓原地区

飯南町赤来地区から頓原地区に移動しました。夕方で時間がありませんので3軒のお宅を訪れました。最初は、これまた古い付き合いの町の真ん中にあるお店やさんのDさんを訪れました。Dさんは女性ですが,一人で数十年店を開いています。なかなか考えた方です。もちろん孫さんもいます。店は計算ができなくなるまでやると言って張り切っていました。

次は長く議員,議長もされ、頓原町のいい意味での顔役です。これまた昭和50年代初頭からのお付き合いで志津見ダム建設や町のハードソフトのたくさんの仕事にに、一緒に携わってきました。開口一番私に「何をしているのですか」という質問です。毎日の生活を説明するのは難しいので野菜作りや読書に専念していますと話しました。やはり元政治家ですから最近の沖縄の基地、消費税、地方の疲弊についてなど矢継ぎ早に質問されるのでついつい長く逗留してしまいました。一番ショキングな話は頓原の町の中に一人暮らしの老人が33名、子供がたったの4名という数字です。空き家だらけです。これでは間もなく頓原の町は消えてしまうのではないかという危機感を持ちます。経済進展、雇用の場拡大のためにも政治の力が必要です。

最後に建設業をやっているEさんを訪れ、最近の頓原の雇用状況について伺いました。仕事が少なく、たくさんあった建設業も少なくなり、農業をやりながら建設現場に出るという兼業農家が少なくなり、農家の経済は青息吐息であると同時に仕事のない町には都会に出ている若者は帰ってくれないのです。田舎は過疎と高齢化と少子化が進み産業振興はますます落ちていくのです。田舎は悲惨という言葉を当てはめざるを得ません。多分、今日歩いた飯南町は日本の悩める田舎の縮図かと思います。政治の力なくして解決できません。近いうちにたくさんの人たちにお会いし、いろいろな話を聞かせていただきます。私の原点は旧飯石郡なのです。この地域を再生することがこれまでお世話になった人たちへの恩返しと痛感しました。

確かに私たちも長らく基盤整備には力を注いでやってきましたので、その点は素晴らしく良くなっていますが、その良くなった基盤を活用して産業が起こるまで行っていないのが現状です。産業づくりに努力したいです。

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