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『劇団あしぶえ』創立45周年記念感謝の大パーティ

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園山土筆さんが主宰されている『劇団あしぶえ』の創立45周年の大パーティが盛大に松江のホテルで開催されました。おめでとうございます。昭和41年園山土筆さん等松江南高の演劇同好会のメンバー5人で『松江演劇同好会』を立ち上げました。そして昭和44年正式名を『劇団葦笛』として人形劇公演をはじめられました。昭和57年に親しみやすくするため『あしぶえ』に名称を変更されました。園山という山に小さいけれども情熱あふれる土筆が芽生えました。今日まで地域に根差した『地域演劇』を目指して、いかなる苦労にも耐えて、たくさんの土筆仲間が育ち、多くの共鳴者やサポーターが育ったのです。地域にあるというのはどういうことかという一つの例としたあげるなら、園山土筆さんの旦那さんの勤めが広島へ転勤になりましたが、その後24年間転勤先から松江に通い地域演劇を育てられました。都会と違って地域はいろいろ苦労があります。退団者が相次ぎたった5人になったこともありました。製作費用にも苦労されたこともあったようです。でも常に演劇は観客と共につくるものであるということを意識し、多くのフアンや応援者に恵まれ一歩一歩前に進まれたのです。あしぶえ村構想(劇場建設構想)を話し合い、平成4年八雲村の石倉徳章村長との出会いにより村の応援が約束され、現在の平原地区の丘に現在の「しいのみシアター」が完成したのです。「セロ弾きのゴーシュ」「ブレーメンの音楽隊」「ブラボー!ファーブル先生」「彦一ばなし」「おこんの恋」などたくさんの創作に取り組まれました。平成6年には「セロ弾きのゴーシュ」をもって『第2回アメリカ国際地域演劇祭』に参加され初めて海外公演を経験され、好評を博されましたました。カナダの「リバプール国際演劇祭」にも参加されました。こうした経験が地域住民、八雲村、劇団あしぶえの三者一体となって今日の「八雲国際演劇祭」へと発展していきました。私の次女がボランテアで通訳をさせていただいたのが私と劇団あしぶえとのつながりの一歩でした。土筆さん達の努力は世界的にも日本的にもまた地域でも認められ、たくさんの賞を受賞されております。創立45年を期して『あしぶえ20年計画』がスタートするそうです。誠に楽しみです。今年の秋はテレビなどでおなじみの草村礼子さん(上の右の写真)が『安寿と厨子王』に出演されます。劇団あしぶえの今日まで歩みは地域文化という大きな足跡を残されました。これからもますます発展されることをお祈りしますし、協力していきたいと思います。おめでとうございました。

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