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2012年7月

奥出雲町八川の橋本ブルーベリー農園へ行きました

孫たちを連れて奥出雲町の八川地区にある橋本ブルーベリー農園をおとずれました。5町歩ほどの農園に数え切れぬほどのブルーベリーの木が植えられていました。生まれて初めてブルーべりの実をとり瞬く間に容器一杯になりました。ブルーベリーはとても甘酸っぱい上品な味がします。橋本さん夫妻は愛媛兵庫生まれでIターンで10年ほど前から八川の国営開発パイロット事業の一部を購入してブルーベリー栽培をはじめいろいろな作物つくりに取り組んでおられ、まさに晴耕雨読に伸び伸びとした生活です。すべて無農薬です。ブルーベリーも木からそのまま食べられます。トマトもハウスでたくさんの種類が植えられ収穫時期です。好きなだけとってお持ち帰りくださいというので大きな袋一杯にとらせていただきました。帰りはブルーゲリーとトマトで自動車の荷物入れは一杯になりました。橋本さんは若いころはインドをはじめ中近東を歩き我々ができない貴重な体験をされていました。いつかその頃の経験談をを伺いたいと思いました。大地が人間をはぐくんでいるというのがよくわかりました。案内していただいた渡部さんに感謝です。また親しくおとずれるところができとても充実した時を過ごさせていただきました。

皆さん方も奥出雲町ハ川の橋下ブルーベリー農園をおとずれて収穫に参加されたらと思います。

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映画shall we dance の草村礼子さんと写真をとりました

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劇団あしぶえの45周年の会で映画shall we dannceで田村たま子ダンス教室「たま子先生」を演じられた草村礼子さんと写真をとりました。とても感激しました。秋の劇団あしぶえの『安寿と厨子王』に出演されます。皆さん観劇においでください。

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中国が尖閣、南沙に執着するのは台湾問題。

中国が尖閣、南沙を自国のものだと主張するのは台湾が中国から離れるのを恐れているのではないですか。結局台湾問題です。

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『劇団あしぶえ』創立45周年記念感謝の大パーティ

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園山土筆さんが主宰されている『劇団あしぶえ』の創立45周年の大パーティが盛大に松江のホテルで開催されました。おめでとうございます。昭和41年園山土筆さん等松江南高の演劇同好会のメンバー5人で『松江演劇同好会』を立ち上げました。そして昭和44年正式名を『劇団葦笛』として人形劇公演をはじめられました。昭和57年に親しみやすくするため『あしぶえ』に名称を変更されました。園山という山に小さいけれども情熱あふれる土筆が芽生えました。今日まで地域に根差した『地域演劇』を目指して、いかなる苦労にも耐えて、たくさんの土筆仲間が育ち、多くの共鳴者やサポーターが育ったのです。地域にあるというのはどういうことかという一つの例としたあげるなら、園山土筆さんの旦那さんの勤めが広島へ転勤になりましたが、その後24年間転勤先から松江に通い地域演劇を育てられました。都会と違って地域はいろいろ苦労があります。退団者が相次ぎたった5人になったこともありました。製作費用にも苦労されたこともあったようです。でも常に演劇は観客と共につくるものであるということを意識し、多くのフアンや応援者に恵まれ一歩一歩前に進まれたのです。あしぶえ村構想(劇場建設構想)を話し合い、平成4年八雲村の石倉徳章村長との出会いにより村の応援が約束され、現在の平原地区の丘に現在の「しいのみシアター」が完成したのです。「セロ弾きのゴーシュ」「ブレーメンの音楽隊」「ブラボー!ファーブル先生」「彦一ばなし」「おこんの恋」などたくさんの創作に取り組まれました。平成6年には「セロ弾きのゴーシュ」をもって『第2回アメリカ国際地域演劇祭』に参加され初めて海外公演を経験され、好評を博されましたました。カナダの「リバプール国際演劇祭」にも参加されました。こうした経験が地域住民、八雲村、劇団あしぶえの三者一体となって今日の「八雲国際演劇祭」へと発展していきました。私の次女がボランテアで通訳をさせていただいたのが私と劇団あしぶえとのつながりの一歩でした。土筆さん達の努力は世界的にも日本的にもまた地域でも認められ、たくさんの賞を受賞されております。創立45年を期して『あしぶえ20年計画』がスタートするそうです。誠に楽しみです。今年の秋はテレビなどでおなじみの草村礼子さん(上の右の写真)が『安寿と厨子王』に出演されます。劇団あしぶえの今日まで歩みは地域文化という大きな足跡を残されました。これからもますます発展されることをお祈りしますし、協力していきたいと思います。おめでとうございました。

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友人からの手紙 不吉な予兆

参考 :  ヤクニンがなんと言おうとエルピーダはDue Processだが、NECは容易でない。関本以来の内紛、黒煙が収まっていない・・・

 

エルピーダ売却の次はNEC

中国政府系に呑まれかかったエルピーダ。ハイテク分野の国産技術流出が止まらない。

20126月号 FACTA

56日、会社更生手続き中のエルピーダメモリはスポンサー企業に米半導体大手マイクロン・テクノロジーを選んだ。エルピーダの社長を長年務めた坂本幸雄は、2月に会社更生法の適用を申請した後も管財人となり、最終局面で二つの選択肢を持っていた。

一つがマイクロン、もう一つが中国のホニーキャピタルと米TPGキャピタルのファンド連合である。「両陣営の条件はほぼ拮抗していたが、坂本さんが最後は常識的な判断をした」と、関係金融機関の幹部は漏らす。そこには複雑な思いがある。

1980年代後半のDRAM市場で日本勢は約8割のシェアを占め、世界を席巻した。そこへ低価格で殴り込みをかけたのが、韓国のサムスン電子。「日の丸半導体」の牙城はあっさり崩れ、「最後の砦」となったのが日立製作所とNECDRAM部門を統合し、後に三菱電機の同部門が加わったエルピーダだった。

2002年にエルピーダの社長に就任した坂本は、10年余にわたり「日の丸半導体」の命脈を繋いできた。ところが、半導体業界には「とんだ食わせ者」(NEC元幹部)と酷評する向きが少なくない。

スポンサー選定の舞台裏

日本の電機業界は08年秋のリーマン・ショックの影響をもろに受けた。エルピーダも御多分に漏れず、093月期連結純損益で1778億円の赤字に陥った。その際、坂本は経済産業省が企業救済策として打ち出した改正産業再生法の適用第1号となることに成功し、国から300億円の資本注入を受けた。

「産業のコメ」と評される半導体分野で「国産の火を消すな」という大合唱に乗じて資金を引き出したわけだが、経産省が公的救済を認めたのは、そんな感情論ばかりではなかった。

当時、台湾で半導体メーカーの再編機運が盛り上がり、DRAMについては、当局主導で台湾メモリを設立する構想が浮上した。坂本は経産省に対して、「エルピーダは台湾メモリとの資本提携を視野に入れ、アライアンスを結ぶ」と説明したため、難なく資金が出た経緯がある。ところが、台湾メモリ設立構想は頓挫し、エルピーダへの資金注入の前提が崩れてしまった。

当時の経産省幹部は「台湾メモリとの連携構想が成立するなら、エルピーダの再建も確実に進むと思った」と弁解する。

しかし、日本の半導体メーカー幹部の見方は「経産省は国交がない台湾の事情がよくわからず、坂本の口車に乗ってしまった」と辛辣だ。結局、坂本がぶち上げた台湾資本との提携は一つも実現することなく、その後のエルピーダの漂流を招いた。

2月にエルピーダが会社更生法の適用を申請する際も「坂本の食わせ者ぶりが際立った」(前出のNEC元幹部)。

そもそもマイクロンの支援を仰ぐきっかけは昨年末、エルピーダに対して、みずほコーポレート、三井住友、三菱東京UFJのメガ3行などが連名で借り入れの返済を求めたことに始まる。この時、坂本は、マイクロンとの提携による収益改善計画を説明し、了承を得ようとした。

実際、提携交渉はそれなりに進んでいた。23日にはマイクロンの幹部が来日。経産省や取引金融機関とも面会し、出資に前向きな姿勢を見せた。ところが、同じ日に米国で予想外の事故が発生した。エルピーダの窮状に同情的だったマイクロンのCEO(最高経営責任者)、スティーブ・アップルトンが航空機事故で亡くなったのだ。アップルトンは小型機の操縦が趣味で、本社近くのアイダホ州ボイシで曲芸飛行中に事故に遭ったのだ。

万策尽きた坂本は、取引金融機関と*DIP型会社更生法の適用を申請すべく、話し合いを始めた。ところが、その傍らで取引銀行に説明をすることなく、合計250億円の預金を付き合いのなかったりそな銀行へ預け替えた。そのうえで227日に事前通告することなく更生法の適用を申請した。「朝から坂本と連絡がつかなかったので、すべての約束を破るつもりだなと思った。案の定だった」と、取引金融機関の幹部は言う。

しかし、更生法の適用を申請したエルピーダの舵取りをする人物が見つからず、結局、坂本が社長から事業管財人に横滑りすることになった。そんな坂本を経産省はほとんど信用せず、中には「ペテン師」(経産省幹部)と罵る向きもあった。

実際坂本が軸となるスポンサー選びは、経産省にとって冷や汗ものだった。入札そのものは更生法の適用申請前から交渉してきたマイクロンに軍配を上げるための出来レースのようなものだったが、突然、米中ファンド連合が登場したためだ。

「華為技術が買わないか」

おまけに米中連合の正体はよくわからない。「TPGは国際入札慣れした仲介役にすぎず、おそらく資金の出し手はホニーキャピタルで、背後には中国政府がいる」と、ファンド関係者は指摘する。

万一、坂本が信頼関係を破って、米中ファンド連合に軍配を上げたりしたら、倒産したとはいえ、世界最先端とされるエルピーダの微細化技術が中国企業に流出する恐れがあった。結局、米中ファンド連合の手に落ちなかったものの、「ファンド連合の条件がマイクロンを上回っていたら、結果は逆転していた」と関係者は言う。

エルピーダ売却ではっきりしたことがある。「ハイテク分野の国産技術流出がタブーではなくなったことだ。電機業界では早速、『第2のエルピーダ』探しが始まっており、その筆頭格がNECだ」と、ファンド関係者は言う。

かつてNECの幹部は「我が国の防衛や警察の通信システムに深くかかわっているNECが、外資に買われることはあり得ない」と嘯(うそぶ)いていたが、防衛関係者は「国益のために守るべきメーカーか疑わしい」と言う。

メーンバンクの三井住友の姿勢も微妙に変わりつつある。「マツダとNECをどうするか。気の重い課題だが、NECには売るものがない。重症だ」と、同行幹部はこぼす。三井住友といえば半ば強引に旧三洋電機をパナソニック傘下に押し込み、重複した白物家電分については旧三洋分を中国の集団に売り飛ばした「実績」がある。

NECはパソコン事業を事実上、中国の集団に売却した。レノボとの合弁会社が目下のところ順調に推移しているため、NEC社内には中国勢への抵抗感が薄まりつつあるという。

「華為技術(フアーウエイ)あたりが丸ごと買ってくれないものか……」

エルピーダの処理が決まった5月初め、三井住友の役員は、冗談とも本気ともつかない言葉を口にした。(敬称略)

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フェイスブックの勉強会

昨夜は第二回目のフェースブックの勉強会が掛合の交流センターで行われ出席しました。全国に友達ができとても楽しいと思いました。

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熊本の集中豪雨の被害者の皆さんにお見舞い申し上げます

日本の自然環境は誠におかしくなっている感じです。また熊本を中心に対災害が起こりました。私の親戚のおうちも被害に会いました。お見舞い申し上げます。福島原発もいまだ終息せず放射能は毎日地球上に出っぱなしです。これは自然災害プラス人災です。電力会社政府の責任は誠大きいものがあります。東京の経団連の人たちは人の命は二の次に考えているようです。夕べも首相官邸周辺は原発に対する抗議行動は何万人も集まり凄かったそうですが、いよいよ官はがデモ規制に走りだしたそうです。これで怒りは全国に広がることでしょう。多分この運動は消費税反対行動にまで行くと思います。昨日の世論調査では民主、自民、公明で20%そこそこだそうです。無党派は71%以上あるようです。ツイッター、フェイスブックの影響は日本にも到達しました。中東の春という例もあります。

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大相撲名古屋場所が始まりました。

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大相撲名古屋場所が始まりました。島根県出身の隠岐の海さんをはじめとするお相撲さん頑張ってください。隠岐の海さんは私のフェイスブックの友達でもあります。島根県相撲連盟(景山俊太郎会長)も応援しています。

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フェイスブックの勉強会

掛合自治振興会主催のフェイスブックの勉強会があり出席しました。870万人を超えるユーザーが、現在日本国内で利用しています。簡単に日々の出来事や、写真をパソコン、携帯電話から投稿できそれについて友達が反応を返して交流を図ることが可能です。多様な生活環境から、現実に会って交流を図ることが難しい昨今においてフェイスブック上で交流を行い、それをきっかけに実際に会う交流を増やし掛合町の活性化が目的です。掛合だけでなく出雲のほうからも参加されていました。

その中に栃木県から島根に来た人がいました。なぜ島根にと聞きましたら、福島原発のため栃木県も報道されていないけど放射能の被害がありとても住めないので何かの縁あり島根に住むことにしたそうです。そして島根で子育てをするといっておられました。原発問題はやはり深刻です。

うんなんシテイTVの寺田博英さん掛合交流センター長の朝原勇二さん振興会の若林巧貴さんにはとてもお世話になりました。また雲南市議会議員の福島みつひろさんにも会世話になりました。ありがとうございます。

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ことしも梅の収穫の時期になりました。

むかし掛合は産業振興で梅を栽培が町中で行われました。私の家にもその頃植えられた梅の木がたくさん残っています。今年もたくさんの梅の実をつけました。今日は親せきや知人の人たちが梅の収穫に来られました。思い切りたくさん収穫して自動車一杯積んでお帰りになりました。来年もしっかり実をつけてくれればと思います。

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雲南市議会議員吉井傅さん副議長に就任しました。

吉井傅さんが雲南市の副議長に就任されました。おめでとうございます。健康に気をつけてますます頑張ってください。期待しています。

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雲南市名誉市民顕彰式

雲南市名誉市民顕彰式典が開催されました。星崎電機株式会社会長の坂本精志氏と木次乳業有限会社創業者佐藤忠吉氏です。おめでとうございます。お二人とも雲南市の為に大きな貢献をされたからです。これからもお元気で頑張って欲しと思います。

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