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飯南町来島に行きました 私のお祖父さんお祖母さんのお里

今日は私のお祖父さんになる人の出身地の赤来の松田さんの家に遊びに行きました。最近素晴らしいお家を建てられました。御当主は現在赤来町の消防団長をしています。息子さんはなかなかの人間で事業に農業に毎日忙しい。最近は出雲に店を出し、また忙しくなりました。いろいろ話すうちに元気になりました。この次は私の家で懇親会をやることになりました。

今年も飯南町の安部さんのクリ園へクリ拾いに行こうと思います。

島根県軟式野球の高橋さんがおいでになりました。9月17日から東京で行われる全国大会に県の会長としていくことになりました。島根県からは中筋組が出場します。

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コメント

先生がこういった言論活動をなさっておられるとは、寡聞にして存じませんでした。

突然、拙意を申し上げます無礼を、高校の後輩ゆえ、と甘えましてお許しください。

率直に申し上げます。

先生の政治活動において、

若年者――ゆりかごから「不惑」辺りまで――の人々との接触あるいは交流は、ございますでしょうか?

とりわけ、現在の若者――16から35歳辺りまで――の状況を(国士として)どのようにご覧でしょうか?

また、地方と都市における状況の差異をいかが(御自身の肌身で)感じておられるのでしょうか?

先生は、

若き経営者の集まるJCなどの会合には参加されておられることでしょう。また、地元商工会や青年団の方々などとも、定期的に意見交換をなさっておられることと推察いたします。

小生は、只今都市部におる一学生であります。その者の「二つの考え」というものをお読みいただければ無上の幸いであります。

小生、来春就職を控え、地元に戻り親の近くで安心と経済的ゆとりをもたらすことをもってして、わずかばかりの恩返しを始めたい、との思いをもっております。

若くして地元に帰るその思い烈々として片方の手に鎮座しております一方で、

この若きときにこそ、中央での厳しい競争環境で揉まれ、同僚らと切磋琢磨することによって、すなわち、都市での陶冶とでもいうべきもの、

を経たそののちに郷里に帰って、わずかでもお役に立たたんとわが身を奉じるが如き意気をもってして余生をすごす、

これまた理想として片手にある、といいますのが現状として頭のなかにあるわけでございます。

後者のような方は現に故郷でも散見されます。

たとえば、大手出版社にお勤めになったのち、県の文化産業に関する事業に参加されるようになった経緯をお持ちの方がいらっしゃるようでありますし、

地元経済団体首領、あるいは、公の要職にも、そのような経歴の方、すなわち、大学卒業後に大手企業・中央省庁にお入りになって、定年まで立派に勤め上げられた方、が結果として就任される、というのも少なくないといって差し支えないでしょう。

今、故郷は、そのような人々の取り組みもあってか、年々目を見張るほどに確実に変わりつつあるように遠くに住む者であっても感じられます。

これは例を挙げるに及びません。

随分と活気のみられる郷里に比して、日本全体を、日本の若者を眺めるとどうでしょうか。

海外留学する日本人学生および海外旅行に出かける若者の減少、
就職にさいして大学生にみられる大企業志向、
大小規模を問わず、異常なほどの高き倍率に上る公務員採用試験からわかる安定志向...

このような、内向きの若者、内向きニッポンとの評論・風潮が一部にみられますことは先生も御存じのことと思います。

こういった流れ・雰囲気に対する反発、若者独特の心理から生ずる反発、というものが私自身、ないわけではないのです。

この反発が内在しますゆえに一層複雑となるのでございます。

つまり、上に申し述べましたような「二つの思い」のどちらかに決することが難しいのであります。二つのあいだで振り子が行き来するのを止められないのであります。しかし、時間は過ぎるというのが現実としてあるわけです。

そこで、傲慢、不遜、そして焦点定まらぬ乱文を小生重々承知の上で、

貴見伺いたく存じます。

投稿: 松平 | 2010年9月 3日 (金) 14時35分

今夜は母親の実家に行きました。祖母の命日で。伯父と久しぶりに夜、遅くまで酒を酌み交わしました。町長をやめてから五年たちますが元気で元気で。最近はビールでも生ジョッキですからほんとに酒を酌み交わすことは普段でも少なくなりました。瓶ビールでつぎあうことが少なくなり。「酒を酌み交わすとは瓶ビールをお互いに」と伯父の毒舌を。楽しい酒を頂きました。明日は金城でゴルフだそうで。伯父も先生に町長時代には大変お世話になったと申しておりました。軟式野球、中筋ガンバレsign03中筋、合銀、三つ巴でよく争ったもんです。

投稿: うるうる | 2010年9月 4日 (土) 00時20分

うるうる様 目の前に光景が見えるようです。

投稿: 景山俊太郎 | 2010年9月 4日 (土) 09時23分

松平様 いろいろと御意見ありがとうございます。大学を終へ郷里に帰り就職されるそうでおめでとうございます。ご両親さまもさぞお喜びと思います。でも人生をいろいろ考えると都会で、世界で活躍したい気持ちも当然あるでしょう。二つの気持ちが揺れるのはよくわかります。実際どちらが良いのか結果はわかりません。それは貴兄の仕事や人生に対する本気度によると思います。でも前向きに、モチベーションを高め勉強することと良き友人を持つことです。でもこれからは世界の時代ですから、少なくとも英語だけはしっかり話せるようにしておいた方がよいと思います。田舎にいても、いつ外国との関係で仕事をしなくてはという時代です。全くグローバルな情報化の時代です。田舎で仕事をしながら一時留学でも考えてみるのもいいと思います。御健闘をお祈りします。

投稿: 景山俊太郎 | 2010年9月 4日 (土) 19時59分

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