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徳之島の友人寿洋一郎さんを訪問しました

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普天間基地移設問題で揺れる徳之島をを訪れました。徳之島には早稲田の雄弁会時代からの親友寿洋一郎さんがいます。寿さんは大学を出てから神奈川県庁に勤務していましたが、生まれ故郷の徳之島のために頑張ろうと考え帰郷し、町長を長らく務め、現在は行政書士をやりながら、サトウキビをつくり、またトライアスロンのリーダーとしても活躍しています。徳之島は鹿児島から450キロ離れ、沖縄からは200キロ離れた周囲100キロの東シナ海と太平洋に挟まれた平和な島です。しかし徳之島は太平洋戦争の大きな犠牲を受けた島です。昭和28年,敗戦により、アメリカ施政権下にあった奄美大島、沖永良部島、与論島とともに沖縄に先立ちて返還されました。産業はサトウキビとジャガイモ農業、漁業、そして観光とトライアスロンの島です。戦争時代の末期は沖縄戦に向かう知覧から飛び立った特攻隊の給油基地としても知られています。また戦艦大和の最後は島の沖といわれています。そして輸送船富山丸がアメリカの潜水艦により撃沈され4000名になんなんとする犠牲者が出た島でもあります。今も島内には戦死者を慰霊するモニュメントがたくさんあります。島民の心には戦争の傷跡が残っています。徳之島は第46代横綱朝潮太郎、徳州会創設者徳田虎雄さんの出身地でもあります。マラソンの高橋尚子さんが小出監督と共に練習を積んだ島としても有名です。明治の元勲西郷隆盛が島津久光の怒りを受けて流された島でもあります。

寿さんの案内を受けて島内の天城町、気仙町、徳之島町を見学し、いろいろな人に話を伺いました。ほとんどの人が基地移設反対でした。先に15000の人が集まり基地移設反対集会をした港の空き地も見学しました。この島で一番の影響力のある徳州会関係者も強烈に反対でした。ある大きな土木建設をやっている会社の社長さんのお話には感銘しました。それは「私たちは今の生活で十分,それより外国の軍隊が来て島を占拠するような事が絶対にあってはならない。基地を持ってきて経済対策などというのは論外だ。そんなことがあれば子供や孫たちに申し訳ない。」とおっしゃっていました。

寿さんの仲間や東京生まれ東京育ちの奥様と一緒に夕ご飯を食べながら懇談しました。奥様は農業など一度もやったことがないのに今はサトウキビの栽培にも精を出されています。

徳之島の海はこれほど透明な海はないほど透明で自然豊かでいいところです。今年もトライアスロンの大会が近づいています。寿洋一郎さん毎日鍛えた身体で頑張ってください。機会があればもう一度訪れたいと思います。

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コメント

先生は旅をされてますか!いいなぁ。徳之島が今、注目されてますが。徳州会の徳田虎雄さんが今、ALS患者として頑張って生活されてるとはびっくりしました。現政権の公約でもあった基地問題、地元の方の複雑な心境が日に日に伝わってきます。政治の決断、国の大事な安全保障に関わることです。一部の地域の方だけの問題ではなく政治の責任として方向を早く定め、やはり国民に信を問う必要があるのではないでしょうか。

投稿: うるうる | 2010年4月29日 (木) 02時17分

うるうる様 いつもコメントありがとうございます。

投稿: 景山俊太郎 | 2010年4月29日 (木) 06時55分

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