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早稲田大学雄弁会 余山会 今朝は鶯の初鳴きを聞きました

今朝早く目が覚めました。庭で鶯が鳴きました。寒くてももう春です。

昭和39年4月早稲田大学第一法学部に入学しました。それと同時に、早稲田大学雄弁会に入部しました。明治初年、栃木県足尾銅山に古河市兵衛が経営者になり、最新の洋式技術を導入し、生産を上げたが、その半面、下流の渡良瀬川に発生した足尾銅山によるヒ素中毒は一帯の農家は大きな被害を引き起こしました。日本最初の公害問題です。そこで地元出身の代議士田中正造は被害民とともに鉱毒防止、鉱山の操業停止、被害民救済を主張して政府にたびたび請願し、国会で訴え続けました。特に有名なのは明治34年12月10日、議会開会式から帰る天皇の馬車に向かって直訴したのです。政府もいろいろ対策を打ちましたが効果はなく、社会問題になりました。当時、早稲田大学の教授になった永井柳太郎は田中正造翁に共鳴し、社会正義を旗印に、生徒を引き連れ渡良瀬川の被害地帯に駆け付けたのが早稲田大学雄弁会の起源といわれています。

私たち雄弁会の学生の青春は社会正義に燃え、社会に目を向け、学生の本分を尽くすことでありました。今日は、私達昭和39年入部の同窓会『余山会』が開かれます。青春時代に帰り、大いに意気を挙げたいものです。いつも私たちは青春です。頑張りましょう。

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