« 東京タワーも雪で寒そうでした | トップページ | 日本海の雀  »

岩倉具視幽棲の京都郊外の旧宅 坂本龍馬も出入りしていました 歴史探訪 

Img_3660 

京都に着きました。新幹線に乗車した雪の東京と違って京都は寒いけれどよい天気でした。友人の西陣の老舗「渡文』の専務さんに案内していただいて、今まで行ったことのないお寺などを見て歩きました。まず訪れたのが、京都郊外の岩倉村の岩倉具視幽棲旧宅を訪れました。明治維新をを画策したことで有名です。普通に歩いていたら見落とすような家です。

岩倉具視について(抜粋)

岩倉具視は下級公家に生まれ、のちに岩倉の養子となる。関白鷹司政通に接近し、孝明天皇の近習となり政治家として活動。安政5年(1868)日米修好通商条約の勅許を願い、老中掘田正睦が上洛すると、反対派公家88人で勅許阻止のため列参。このとき朝廷での地位を築いた。和宮降下の件で朝廷の権力回復のためにと幕府と通じ、考明天皇を動かし、強引に公武合体をはっかった。しかしこれは尊攘派を激怒さすことになった。岩倉は官位を辞し、剃髪の上、郊外に追放され、蟄居となった(文久2年ー慶応3年の約5年間)。その間にも、ひそかに政治活動をし、倒幕急進派と接している。薩摩の大久保利通、土佐の坂本龍馬、中岡慎太郎らがこの宅を出入りし、王政復古の密儀を行った。孝明天皇が没し、明治天皇が即位すると復職した。その後王政復古に尽力し、御一新になってからは明治4年から明治6年まで岩倉使節団として大久保、木戸、伊藤など107名とアメリカ、ヨーロッパ諸国を訪れ近代日本の基礎をきづいた。

岩倉というのを最初は盤座と書いたそうです。

|

« 東京タワーも雪で寒そうでした | トップページ | 日本海の雀  »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/517932/47614368

この記事へのトラックバック一覧です: 岩倉具視幽棲の京都郊外の旧宅 坂本龍馬も出入りしていました 歴史探訪 :

« 東京タワーも雪で寒そうでした | トップページ | 日本海の雀  »