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2010年1月

音戸町から今年も春の訪れ 第23回目の牡蠣祭り

今日はこの間もこのブログで書きました掛合町と広島県音戸町との牡蠣祭りが素晴らしい天気のもと、ものすごい人出の中で盛大に開催されました。出雲そばやいろいろなお店が出店され春祭りのようでした。もう30年以上前になりますが、大学の同級生の林明博さんが音戸町の町長で私が県会議員でした。そこで海と山ということで掛合町と音戸町を姉妹提携しましょうということから両町の交流が始まり、冬は音戸の子が掛合に来てスキーをやり、夏は掛合の子供たちが音戸町に海水浴に行きました。姉妹提携の調印式は瀬戸内の船の中で行われました。そして23年前から音戸で採れた牡蠣を掛合の里で販売し、牡蠣祭りとして今日まで続いてきました。今ではこの地域の風物詩です。松江や出雲あたりからもたくさんの人が集まります。今日も音戸の商工会の会長さんとこのイベントはお互いが生きてる間は続けましょうと約束しました。林明博町長はその後広島県の町村会の会長をやり、現在は大学の教授をされています。お互い元気で頑張りましょう。

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久しぶりに大西秀人高松市長のお名前を新聞で見つけました

最近は日経新聞の細川護熙元総理の私の履歴書を読みますが、今日も読んだ後、ふと下の欄に目を落としましたら、交友録という欄に大西秀人高松市長のお名前を見つけ、懐かしく思いました。大西さんは井上陽水さんの「東から西へ」を人生の応援歌として友人との交遊についてお書きになっていました。私は大西さんとは彼が自治省から島根県庁に赴任し総務部長をされ、当時の厳しい地方財政を支えて島根県のために努力していただきました頃からお付き合いをさせていただきました。その後、自治省に復帰されてからも、私が参議院の総務委員会に所属したり、政務官や委員長をさせていただいた関係で、大変お世話になり、またそれこそ交友を深めさせていただきました。そして、大西さんは自分の生まれ故郷の高松市長に請われて帰郷されました。久しぶりに新聞紙上にお名前を発見し、懐かしく思いました。これからも健康で頑張ってほしいものです。島根の田舎から声援を送っています。人間、人と人との交遊こそ大切と思います。

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3D(立体)映像を使ったSFアドベンチャー映画[アバター]を鑑賞しました。

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数日子供の引っ越し等の手伝いで留守をしました。そしてジェームス・キャメロン監督が前作「タイタニック」以来12年の沈黙を破って3D(立体)映像を使ったSFアドべンチャー映画「アバター」を鑑賞しました。写真の専用メガネをかけてみると未来の惑星の中に自分自身が飛び込み、登場人物と一緒に行動しているような臨場感は奥行きと深みを感じ、スクリーンから飛び出してリアルな立体3次元世界を経験するのは感動ものです。興行から6週間で世界で170億円を稼ぎ出しています。日本でも12月23日の公開以来5週連続で1位を記録し日本興行収入262億円を稼ぎ出した「タイタニック」とほぼ同じぺースで進んでいます。ドラマは昔、白人がアメリカにやってきてインデアンを追い立てアメリカ大陸を征服するような感じを持たせ、最後はインデイアンが白人に反乱し逆にやっつけて仕舞うように感じられたり、また、現代文明が自然を破壊していくのに対し、自然そのものが人間の傲慢さを良識ある人間に気付かせ一緒になって、自然の破壊者をやっつけてしまうのは痛快です。ちょっと日本の宮崎駿監督のアニメ良く似た画面もあります。それにしても科学技術を駆使したこれまでに経験したことのない映画です。辺野古の海を破壊するなんてよくないなという思いにまで行きつきます。もし機会があれば鑑賞されることをお勧めします。

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こういう時こそ元外務省外務審議官田中均さんを活用すべきです 沖縄普天間基地の移設について

普天間基地の移設については橋本内閣の時に日本に返還が約束され、当時、私たちも大変喜びました。しかしその後13年間解決できずに来ました。現在移設先について県内、県外、国外といろいろ議論がなされています。内閣は5月末までに解決すると言っていますが、先行き不透明な感じがします。こういう時こそ日米外交、日中関係に極めて見識のある元外務省外交官で、現在東大教授の田中均さんの力を活用すべきだと思います。小泉内閣の時北朝鮮から拉致被害者帰還に努力されたのが田中均さんです。私は田中均さんは我が国外交官の中で明治の小村寿太郎以来の外交官だと思います。私も田中均さんにいろいろご指導いただきましたが、この人なら今の日米関係のためにきっと役に立っていただけると思います。

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郷土出身の隠岐の海関いよいよ幕内力士へ

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初場所も千秋楽を迎え、郷土隠岐の島出身の隠岐の海関は10勝5敗の好成績で十両2枚目で勝ち越しました。この成績ならば、来る大阪春場所には幕内力士に昇進されることは間違いないでしょう。おめでとうございます。島根県相撲連盟としても心からお祝いを申し上げます。島根県出身では幕内は88年ぶりだそうです。これから稽古に精進され、怪我のないことを祈り、大関、横綱を目指して頑張っていただきたいと思います。私も去年は両国へ激励に行ったり、名古屋場所、秋場所と応援に行きましたが、よかったと思います。掛合出身の幕内格呼び出しの琴三の「隠岐ーのー海、隠岐ーのー海」と勇士が見られるます。写真は去年の夏、両国へ隠岐の海関を激励に行った時、隠岐の島町の松田町長と幕下竹谷関とともに。

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同窓生の会 うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川

昨夜は高校の同級生の小原さんの「会社勇退のお祝い会」がありました。ご苦労様でした。これからも健康で人生を楽しんでください。みんなワイワイガヤガヤ一杯やりました。これからは何といっても健康が一番というのが誰もの認識です。

家に帰ってみると、掛合中学校卒業50周年記念の同窓会の案内状が来ていました。もちろん小学校の同級生も入っています。今から久しぶりに同級生の元気な姿を見るのを楽しみにしています。多分いろいろな思い出話に花が咲くと思います。私たちの時代は戦後の傷跡が完全にいえていない時代でありました。日本の高度成長の時代もこれからという時であり、実際豊かという時代ではありませんでした。生まれた時は昭和19年、20年で太平洋戦争の真っただ中でした。小学校には昭和26年、中学校には昭和32年に入学しました。でもあのころは今と違って子供の数も多く小学校は2組、中学校(統合されていましたので)は3組でした。小学校では教科書は兄弟姉妹のある人はお古を使用しているのも珍しくありませんでした。衣類も今のように丈夫ではありませんからつぎはぎを切る場合もしばしばでした。学校へ通うのは集落の中で一番学校から遠い人から一軒一軒声をかけて列をなして行きました。田んぼでのちゃんばら、相撲、三角ベース、魚釣り、、川での水泳、アケビとり、竹スキー、そりこなど春夏秋冬遊びが中心でした。今、このような光景に出合うことがありません。私たちの子供時代のほうがなんだかよっかったような気がします。また同窓会の光景についてはその時お話しいたしましょう。

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秘湯 湯村温泉 「湯の上館」 いつまでもぽかぽかします

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島根にもたくさん温泉があります。特に最近では地域振興のために掘った温泉が市町村単位にあります。だから今温泉を訪れるのは安くて近くて利用できます。しかし、やはり、歴史があり、昔からの温泉はどこか違います。国道54号線の三刀屋から国道314号を上り、雲南市木次町と吉田村の堺となる湯村温泉「湯の上館」は多分、湯治場としては最高なる温泉の一つと思います。湯は透明にして、とても綺麗でいて、熱からず、ぬるからずであり、それでいて風呂から上がれば、いつまでもぽかぽかとして、とても気持ちがよいのです。多分、万病に効くとはこの温泉のことを言うのだと思います。文人、墨客もたくさん訪れています。此間も訪れましたら、露天風呂で湯船につかりながら、本を読んでいる人がいました。

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島根県体育協会の新年会 でも少子化はスポーツ界にも深刻です 

島根県体育協会の年賀会が松江のホテル白鳥で盛大に開催されました。私は相撲連盟と軟式野球連盟の会長をしていますので参加させていただきました。隠岐島出身の隠岐の海関が十両二枚目で勝ち越しをしましたので、皆さん拍手で大喜びでした。来場所は幕内で晴れの相撲を取ることになります。隠岐の海関はゴルフの石川遼選手と同じようにいけ面ですから人気が出るでしょう。最近は島根はホッケー、野球など結構全国的に活躍しています。今年も島根の選手の皆さんのご活躍を期待しています。

でも会場で聞いた話ですが、去年は島根で生まれた子供はついに6000人を割ったそうです。戦後一番生まれた年は27000人だそうですから、いかに少子化が進んでいるかがわかります。これでは島根の活力はなくなります。何とか県あげて対策を取らなくてはなりません。県体協を考えても種目によっては役員だけ残って若い選手はいなくなってしまうという心配があります。恐ろしいことです。

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掛合を語る会が盛大に開催されました 小さくてもきらりと光る町

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地元掛合町も合併して雲南市となって5年がたちました。ご多分にもれず過疎と高齢化と少子化の中で今一つ盛り上がりません。昨日は自治会の代表者を中心に集まり、いろいろ話し合い、今後も地域のために頑張ろうと確認しあいました。プラスの面は掛合には東証1部に上場している会社が5社もあります。また地場産業も相当数あります。さらに福祉施設もあります。農協、森林組合、三刀屋高校掛合分校もあります。また自立した農家で東京の大田市場で信用を受けている人もいます。いろいろな特許を得てもよいほどの技術もあります。有名な掛合太鼓をはじめ郷土芸能もあります。ただ警察が交番になったり、農業改良普及所がなくなったりしたマイナスの面もあります。しかし高速道尾道ー松江線の吉田・掛合インターも近く完成しますし、三次までは24年に完成します。環境の変化を考えた町づくりも急がれます。こうした中、プラスの面をコラボレイトしながら雇用を高める努力をしていかなくてはなりません。考えれば考えるほど夢が大きくなります。これからもこうした機会を各産業界にも広げて、意思の疎通を図り、連帯意識を高める努力をする必要があります。頑張りましょう。

市長が来ておられましたので、先般、波多地区の消防出初式で大阪から来て森林組合に努めている人の家賃が高すぎる問題(このブログでも紹介しました)を話しましたら、副市長とも相談され、前向きに考えると即決していただき安心しました。何といっても人を増やし、雇用を増やさなくてはどうしようもありません。小さくてもきらりと光る町づくりが大切です。

写真は音戸町の協力を得ての掛合牡蠣祭りと掛合太鼓

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六日連続夜の会合です 元気で頑張りましょう

おかげさまで元気に毎日過ごさせていただいています。18日、松江の友人との会合、19日は雲南の建築をやってい方々との会合、20日は地元の掛合を良くするための掛合を語る会、21日は島根県体育協会の年賀会(相撲連盟、軟式野球連盟を代表して)、22日は松江北高の同級生の小原さんの「会社めでたく退社」、23日は松江市議会議員の川島さんの市政報告会での祝辞と続きます。人と会って話をするのはとても幸せです。元気で頑張りましょう。

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日本における福祉国家財政の再編 「向こう三軒両隣」

一週間の過ぎるのは早いもので島大の関先生の授業となりました。今日を含めて後2回の講義です。学生は試験が近いのでで熱心に聞いています。できない相談ですが、もう一度学生時代に帰りたい気もいたします。経費論(財政支出) 日本の社会保障と財政について学びました。その中でも日本の福祉国家財政の到達点について。福祉の在り方としては ①、年金、②、医療、③、福祉その他に区分されます。これらを他国と比較すると年金の場合はアメリカ、イギリスと同じくらいでまずまずです。一番よいのはフランス、スウェデン ドイツです。また医療もアメリカ イギリス スウェ∸デンと同じくらいのサービスを受けています。良いのはドイツ フランスです。ところが日本にとって問題は③、福祉その他の部分です。福祉その他というのは障害・現金給付、業務災害補償、傷病手当金、家族・現金給付、積極的労働政策(職業訓練)失業、住宅などですが、この点になるとイギリス、ドイツ フランス スウェデンなどに大きく後れをとり、アメリカにも部分的に後れを取っています。今、話題になっている家族・現金給付(子供手当)はイギリス ドイツ フランス スウェデンなどヨーロッパ諸国に相当後れをとっています。日本の少子化対策には何でもありぐらいでやらないと将来の日本は危ぶまれます。職業訓練、失業対策などもヨーロッパ諸国は進んでいるという統計が出ています。日本は対人福祉サービスはまだまだ未発達で、それが介護地獄であったり、障害者対策であったりするのです。最近特に言われた障害者自立支援法の共同作業の障害者に対する受益者負担などが問題となり、自民党の敗北の原因の一つと言われています。もちろん国の財政ということもありますが、日本もヨーロッパ型に移行できるように国の施策を考えてもらいたいものです。

現在、日本の文化は70年代の大勢で歌う声喫茶(連帯)から一人で歌うカラオケへ(個人主義)と移行しつつあります。連帯主義から個人主義へです。今一度地域連帯を取り戻すことが必要でしょう。例えば子供は社会全体で育てましょうというような「向こう三軒両隣」的意識改革などです。

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時代は決して後には戻りはしません 新しい日本の形を期待しています

時代は決して後には戻りはしません。我々は過去にいろいろ学ぶことがあります。例えば明治維新後です。明治維新の最大の功労者といわれるのは西郷隆盛です。しかし西郷は征韓論で同志であった大久保利通と対立し、薩摩に帰りました。多くの西郷を慕う人たちも東京から薩摩に帰り、私学校をつくりました。西郷はロシア南下の際はこれらをもって兵となしロシアとの闘いに備えようとしましたが、大警視川路利良は太政官政府に反対して蜂起するのではないかと疑い、西郷暗殺のために密偵を薩摩に送りました。これに対して血気にはやる私学校側は西郷を担いで西南戦争へと暴発しました。結局西郷は反政府側として城山で命を落としました。それに先立、元参議江藤新平は佐賀に帰り、反政府の象徴となり、佐賀の乱が勃発し、その敗北とともに大久保利通により殺されてしまいます。その大久保も明治11年、東京紀尾井坂で凶刃に斃れ、明治10年前後に西郷、大久保、木戸の維新の三傑は皆死に至りました。激動の時代は終わりましたが、決して江戸幕府に帰ることはありませんでした。明治はその後、中江兆民によるルソーの民約論の影響等を受け、自由民権運動なども起こり、民選議院設立建白書などにいたり、新しい国家創造のため伊藤博文、板垣退助、大隈重信、山形有朋などの人たちに受け継がれ、明治憲法もでき、明治23年の国会開設へと進んで行きました。。そして坂の上の雲へと進んでいくのです。

今の日本の政治も混迷を深めていますが、決して昨年の8月30日以前に後戻りすることはありません。時代は先に進み混迷の中から新しい日本の形が必ず出てくることを期待しています。

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10万回のアクセス誠にありがとうございます

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皆様方のおかげで、10万回のアクセスを頂きました。心から感謝申し上げます。全くパソコンの操作をしたことのない私でしたが、初歩から習い、ブログを1年半前から始めました。いろいろな方からご指導も受けました。また気持ちのこもったコメントもいただきました。本当にありがとうございました。ある方から生きていくのに二つのコツがある。それはコツコツやることだと言われましたが、それを励みに続けています。今後もよろしくお願いします。

写真は凍てつく中でも美しい花をつける寒牡丹です。

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あれから15年 阪神淡路大震災

平成7年1月17日朝,5時46分阪神淡路大震災が発生しました。そして6434人の方がなくなりました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。私は枕元で何か異様なドンという音で目が覚めました。何だろうと感じ間もなくテレビをつけてみましたら、事態を知りましいた。地震の発生が神戸から遠く離れた我が家まで響いてきたのです。すぐに知り合いの方が無事かどうか確認するために電話しましたが、なかなかつながらず、無事を確認するのに相当の時間がかかったことを覚えています。地震はいつどこで起こるか分からず、起きた時はすさまじい被害が発生します。特に大都市は悲惨です。人口の地方への分散も考える必要があります。

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日本には政治の大地震

とうとう小沢さんの政治資金の問題も来るところまで来たようです。またもや政治に激震が走りました。本当に日本の将来を見据えたきちんとした国の形を造らなくては国民が不幸になります。それに地方に活力があり、国民だれもがワクワクするような時代が来てほしいものです。

最近、坂の上の雲や坂本竜馬などに対する日本人の気持ちはこの国の将来を案じてる気持ちの表れでしょう。

隣の石橋さんからえんどうの苗をいただいていましたが、降雪のため畑に植えるのを控えていましたが、今日は雪が解けてきましたので、畑を耕し植えました。この寒いなか畑に植えたえんどう豆はしっかりと大地に根を下ろし、春には大きく育つことでしょう。生命の育みは正直です。

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巨大地震 ハイチ

またもや巨大地震が平和な暮らしをしている人々を襲いました。ハイチの首都ポルトープランスは壊滅状態だそうです。今から5年前、スマトラ沖大地震が発生しインド洋の各地域に巨大な被害をもたらしました。津波により、タイのプーケットも壊滅的被害でした。当時、私は自民党の調査団のタイ班の団長として現地にお見舞いに伺いました。プーケットの状況は放射能のない原子爆弾が落とされたと言ってもよいひどい状況でした。日本人の方も犠牲になりました。日本からも東京や大阪の消防隊が救援に行きました。私たちも現地の視察、日本人会の方へのお見舞い、タイ政府へのお見舞いをしました。現在は回復し、昔のような観光地に復活していることと思います。

しかし、自然界は不思議なもので、たとえばゾウはいち早く津波を察知し、山や高台のほうに逃げました。私たちも現地で山に逃げたゾウが悠々と親子で歩いているのを見ました。

今回の大地震から早く復活してほしいと思います。

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今日も寒い一日になるようです 雇用対策のため市は家賃を安くしてください

今年一番の寒波がやってきました。毎日運動不足を補うために歩いていますが、街頭の温度計はー3℃を指しています。しかし昔のように氷柱が下がるような状態ではありません。今朝、起きてみるとそんなに雪も積もっていませんでしたので、ほっとしました。ごみ出しをし、玄関先の雪かきをしました。郵便屋さんもオートバイで配達ができる状態です。朝早く松江の友人が電話をしてこられましたが、松江も結構荒れているようでした。新聞を広げると、小沢問題、日本航空の問題、沖縄普天間移設問題などなんでこんなに問題が起こるのかと思うほど毎日、毎日荒々しい限りです。日航の再建に小沢氏の盟友といわれる京セラ会長の稲盛和夫氏がCEOに就任。郵政の社長に就いた斎藤さんに続いて。運命の皮肉か

明治維新の後も、戦後の敗戦の後もそうでしたが、時代の変わり目は、数年間は何かとてんやわんやの状態です。本当に日本の将来を見据えた国の在り方を創造しなければと思います。

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れにしても日本は田舎を再建しなくてはと思うばかりです。田舎は空気や水がよくて、作物はでき、酒もうまくて、人との付き合いも分け隔てなく、四季折々の季節の変わり目も感じ、人間が生きていくのには最適です。先般、消防出初式で波多分団に行った時、大阪から来て森林組合に努めている人にお会いしました。(写真の白いジャンパーの方)そして消防団員としても活躍しています。家族はまだ大阪だそうですが、家賃がもう少し安ければみんなで来てもよいと言っていました。雲南市さん何とか家賃が安くなりませんか。田舎は連帯してお互い助け合っていけばみんなハッピー!

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今年最初の島根大学での勉強 税について

温泉津温泉から家に帰り、それから島根大学に行き、今年初めての関先生の財政学の講議を受講しました。日本の税制と改革の課題のもとに①所得税、②法人税、③消費税についての勉強をしました。講義が終わってから、同じ教室に勉強に来ている人とコーヒを飲みに行き、雑談に花がさきました。

今まで処理することができなかった日本航空問題も大きく動いていくのをみると日本は大きな変革の時期にあることは間違いないことでしょう。帰りに本屋へ寄って本を数冊買いました。私は昔から本を読むのは何冊か並行して読む癖があるものですから次々に購入します。

最近の月刊誌、週刊誌とも発売日に買って読んでもあまり時代の流れが速く、すでに話題性がなくなったり、結論が出ていて、発行された雑誌そのものが時代に取り残されている感じがします。インターネットなどの情報との競争は大変激しいものがあるのでしょう。いま日本は明治維新でいえば維新から明治10年ぐらいのところかもしれません。昔の10年が今の1年ぐらいの感じでしょうか。これから世の中どのように変わるのか興味あるところです。

夜、舛添要一参議院議員に東京の情勢について電話で聞かせていただきました。

外は激しく雪が降ってきました。

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石見銀山にオープンした イタリアンレストラン「山桜」 来てください

世界遺産に登録されている石見銀山に新しい息吹イタリアンレストラン「山桜」がオープンしました。経営者は香美律子さんです。香美さんは鳥取市出身ですが、東京の人形町、東京駅前の丸ビル、表参道などにお店を持っておられます。ずいぶん前になりますが、石見銀山にレストランを出店したいということで、鳥取の常田前参議院議員からの紹介で、お手伝いをさせていただいたことが縁となりました。香美さんは石見銀山のメイーンでもある龍源寺間歩の近くの古民家を買い、綺麗にリファインして素晴らしいイタリアン料理店をこのたびオープンされました。昨日は改築にあたられた江津の森下建設の社長さんと一緒にご招待を受け、お伺いいたしました。本当に素晴らしい建物であり、イタリア料理、ワインなど超一流なのには驚きました。これから春になり石見銀山にこれまで以上にたくさんの人が訪れ、レストラン「山桜」で食事をしてほしいものです。どうか皆さんも訪れてください。

せっかく大森まで来ましたので、温泉津温泉の「輝雲荘」に行き、ゆっくりと温泉につかり一晩泊まりました。あーあ、いい湯だなー!

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地元の消防団の出初式 住民が「枕を高くして寝れる」のは消防団のおかげです

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雲南市の消防出初式が開催されました。その後、地元の掛合分団と波多分団から招待を受けて激励に行きました。掛合は昨年県の消防の競技会で準優勝を飾っています。両分団とも皆さんは規律厳正にして士気旺盛なる消防精神に徹し住民の皆さんから信頼されています。誰もが「枕を高くして寝る」ことができるのは消防団の皆さんのおかげと思います。今年も無火災、無災害で予防消防に徹して頑張っていただきたいと思います。消防に奉仕されている人の家庭、勤め先は大変な犠牲を払っていますが、これからもよろしくお願いします。

私が毎日ブログを書いていることで消防団の若い人からいろいろな意見をいただきました。日本も将来移民を受け入れなくてはならないと書いたことなどについて日本の現状を話してくださいという要望もありました。

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よき友に恵まれて 森山県議の新春の集い

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今日も寒い一日でしたが、やはり温暖化の現象か、この間降った雪もほとんどなくなりました。ほぼ一日中読みかけの本に没頭。昼から非常に親しくしている学会の方が松江からおいでになり、雑談に花が咲きました。創設者の戸田城聖先生、牧口常三郎先生の創設時の苦労話、池田大作名誉会長の諸外国との友好親善のご努力など。また今日、公明党は日本の政治に平和、環境、福祉の大切さをもたらし、国民生活に多大な良い影響を与えてきていることなど話は尽きません。先般、このブログで紹介しましたが、今度、中国の駐日大使に内定の程永華さんが創価大学で学ばれたこともうれしい話題でした。松江に新しい学会の会館が建ちましたのでおいでくださいということですので近いうちに訪問することにしました。楽しみにしています。友達は良いものです。「色心不二」という言葉を教えていただきました。

夜は森山健一県議の新春の集いが行われ参加し、身内としてのお礼のあいさつをいたしました。年々参加者も多くなり盛大でした。おめでとうございます。森山県議も県政界のまた出雲市のリーダーとしてますます飛躍されると期待しています。写真は会場でいつもお世話になる方とのにこやかなショットです。今年もよろしくお願いいたします。

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出雲空港、隠岐空港はどうなるのでしょうか 島根はどうなるのでしょうか

政府もいよいよ日本航空の再建に法的整理を容認して会社更生法を申請することになったようです。日本航空の悪い状態はは少なくとも5年前からわかっていたことなのです。相当に人員もリストラされ、不採算路線は廃止するというのですから島根県としては隠岐空港の足が確保されるかどうかが心配です。隠岐は漁業に畜産に観光と伸ばしていかなくていけないことがたくさんありますのに飛行機が飛ばなくなるようなことがあれば大打撃です。また出雲空港も日本航空のサービスが悪くなれば全日空の米子空港にお客さんをキャッチされ、経営が危ぶまれる事態だって予想されます。県が当然窓口でしょうが、情報公開し、航空路確保とサービス維持に専念してほしいものです。早く県も島根の将来についてあるべき姿を出すべきです。そうしないと人は出て行き煙も残らない県になります。国に国家戦略があれば県に県の戦略があってしかるべきです。島根の声が聞こえません。島根は明治維新で後れ、戦後の時代で後れ、今、政権交代の中で遅れてしまうのが心配されます。考え方も180度変えることも必要です。

地域社会には世界に自慢ができ、世界に輸出できるシステムがあるのに気が付いていないのです。

田舎が目指すものを早く見つけなくてはと思います。

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雪の飯南町で見てきたこと 人口減少は島根に何をもたらすのか

朝9時に家を出発し、雪の飯南町へ行きました。相当に雪が降っていると思いましたが、それほどでもありませんでした。友人の会社を訪れた後、赤名の「道の駅」を訪れ、コーヒーを飲みパンを買いました。ここは薬膳料理で有名です。経営者は宮脇さんご夫妻です。とても勉強家で薬膳料理もですが、パン工房もやり、地元で採れた米、野菜、リンゴをはじめとした果物などを販売し、とても島根、広島でも人気のある店です。また東京の食品店紀伊国屋とも取引をし、成果を上げ、島根の味を都会地でも広めておられます。でもこれからのこと考えると悩むことも多いようです。まず人口減少です。そして高速道尾道松江線が完成するとインターチャンジに遠く、通行車両が減ることです。54号線を現在は、飯南町を一日平均7000台走っていますが、2000台に減るという試算が出ているからです。そこで高齢化社会の中で、お年寄りの食事配達なども考えたり、人口の多い、比較的飯南町から近い広島をはじめ近隣都市部を視野に店の展開を図らなくてはという思いもあるようです。島根にもこういう地域に根差して、大きく展開できる店がたくさんあると思います。自分たちの考えと努力で生きている人たちが島根にもたくさんおられます。何かお手伝いでもしたい気持ちです。

飯南町頓原の蕎麦屋「一福」に寄り、熱いそばを食べて帰りました。「一福」も全国展開をし島根の味を広めています。

日本の企業が人口減少故にアジアをはじめ他国に出ていかなくてはならないのと同じように島根の企業も人口減少により他県との連携また諸外国へでなくてはならないでしょう。そうすると日本もそろそろ他国からの移民を本当に考えなくてはならないでしょう。

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今日は寒い一日でした 知的障害者施設「滝乃川学園」

今日はとても寒い一日でした。一日中家にいました。ときどき知り合いの方がおいでになりお茶を飲みながら雑談に興じました。また電話もかかってきます。人の話を伺うのはとてもインタレストなことで居ながらにして別の世界を経験できます。テレビは藤井財務大臣の辞任問題を物語風に創作しながら報道しています。また山崎拓さんが自民党の比例区に出馬できなければ国民新党から出るなど瀬戸際交渉を繰り返し報道していました。世界の新車販売台数で、ついに中国がアメリカを追い越したというニュースも話題の一つでした。たまには一日中テレビを見ると結構退屈しません。そして読みかけの本を読んでしまいました。

東京から元官房副長官の上野公成先生から電話があり、程永華さんが駐日大使に就任されたらお祝いをしようという電話がありました。桜の花が咲くころがいいですね。

大学の先輩で大変お世話になった松江の皆美健夫さんがお亡くなりました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。

夕方から雪が天気予報の通り、しんしんと降りだしました。音も立てずに静かに降る雪を踏みながら夜一時間ばかり散歩に出ました。道路にある温度計ははー1℃、今夜はずいぶんと積もることでしょう。

夜テレビを見ていましたら、天皇陛下と美智子さまの特集番組をやっていました。その番組の中で日本の一番古い知的障害者の施設は「滝乃川学園」であることを知りました。私も掛合にある社会福祉法人の知的障害施設仁寿会の理事をさせていていただいている関係もあり一度訪問したいなと思いました。

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1月5日は毎年友人の中林設計の年賀会 中林宝船丸

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今年も出雲の中林設計の新年会がありました。昨年のブログを振り返ってみましたら、中林社長のお話は内容あるものでした。発言したことはきちっと実行する。しかしどうしてもやれなかったことはやれなかったときちんと総括するという内容で、来ている人たちは今年もやれるという思いでお帰りになりました。 さて今年はどういう挨拶かとだれもが期待をしていたと思いますが、中林社長のあいさつは誰もの期待にこたえられる内容でした。高度経済成長の時代ならだれでもできるお話をこの少子高齢化でいわば低成長の時代に言えるというのはよほど従業員と社長が心を一つにして全国を飛び回って仕事を確保されているからです。実績に裏付けられた話です。今年の仕事の量は来ている200人ぐらいの方たちも満足して自分たちも仕事のお手伝いができると確信を持たれたと思います。私も本日は「中林宝船丸に皆さんと一緒にに乗船させていただきうれしくおもいます」といったようなお話をしました。中林さん頑張ってください。

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雲南市賀詞交換会

三刀屋町のアスパルで雲南市賀詞交歓会が開催されました。私も年頭のあいさつをさせていただきました。市民の皆さん、今年も健康で頑張っていただきたいものです。最近はお酒が出ませんのですぐに終わり、ちょっと物足りない感じです。

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長く親しくしていただいた程永華さんが中国の駐日大使に就任されます

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長い間親しくしていただいた程永華さんが駐日大使に就任されるのをテレビで知り、大変喜びました。程さんは日本の和光大学と創価大学で徹底的に日本語の勉強をし、中国の最高の知日家の一人です。これからますます日本と中国の関係は重要になるとき、両国のために大きな仕事をされると期待しています。頑張ってください。

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人間万歳 家族万歳 穴見谷集落万歳

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あらたまのの年を迎えて、わが穴見谷集落の年始会が盛大に開催されました。今年はわが集落には八十八をお迎えになった方が二人います。藤坂逸雄さんと渡辺清吉さんです。おめでとうございます。にぎやかに飲んで騒いで楽しく過ごしました。中締めは今年古希を迎える徳島博さんにお願いいたしました。今年もみんな元気で頑張りましょう。日本の人間の一番の単位は家族であり、集落です。万歳

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田部家へのご年始

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正月二日は毎年吉田の田部家へ年始に伺います。今年もいつものメンバーで伺いました。上代義郎県議会副議長、雲南市堀江真市議会議長、田井の河角明徳さんと私です。田部の正月の飾りは伝統と文化です。昨年は田部家にも男の子のお孫さんが誕生されおめでたいことです。お抹茶とお神酒をごちそうになりました。雪の田部の土蔵群です。

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新年明けましておめでとうございます

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新年明けましておめでとうございます。皆様方にはお健やかに新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。元旦を迎えると同時に、新雪を踏みながら師匠寺の専正寺と氏神様の狭長神社に家族ともに初もうでに参りました。すごく寒くー3度を街頭の温度計は示していました。

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