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大隈重信記念会館を訪れて 佐賀市

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明治から大正にかけて日本の政界で、二度内閣を組織し、教育者としても早稲田大学を創設した大隈重信候生誕125年の昭和41年に建設された大隈記念館を訪れました。私の母校の創設者でありますので一度生家を訪れようと思っていましたが、漸く実現しました。展示品を見て驚くばかりでした。外務大臣の時暴漢に襲われて右足をなくしましたが、義足でその後、活躍されました。不撓不屈の人でもありました。佐賀県はなかなかの県で明治の動乱期に佐賀の七賢人と言われる人たちが出て、近代日本をリードしているのです。大隈重信、副島種臣、鍋島直正、江藤新平、島義勇、大木喬任、佐野常民の七人です。司馬遼太郎の世界に入ったようです。大隈重信候は当時125歳まで生きると主張されたのは有名ですが、実際は84歳で亡くなりましたました。今日なら実現したことでしょう。

いつか,慶応義塾の創設者の福沢諭吉翁の生誕地大分の中津を訪れたいと思います。

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