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2009年12月

今年も皆様にお世話になりありがとうございました

光陰矢のごとしと言いますが,月日のたつのは早いと感じます。今年も12月31日になりました。一年間ありがとうございました。今年,世界はオバマ大統領のチェンジにはじまり秋には日本の政権交代と時代は大きく変貌を遂げました。我が国は近代国家になってから三度の大きな革命を経験しました。一つは明治維新です。二度目敗戦から民主国家へ移行したことです。そして三度目は今年の選挙による政権交代です。歴史は明治維新から江戸時代へと帰ることがなかったと同じように、過去に帰ることはないでしょう。それは国民がこれまでの中身を知ってしまったからです。種明かしされた手品と同じです。時代は前に進みます。現在、我が国は経済的には今一つ、上昇するには中国をはじめとする諸外国との連携なくしてはやっていけません。政治は混とんとし不透明さはぬぐいきれません。そして地方は疲弊していくことは必至です。多くの人たちは将来に対する不安で一杯です。もちろん少子高齢化という根本的構造をどのようにするかという課題があります。今、司馬遼太郎の「坂の上の雲」に一種の心情的憧れを持つのはこうした閉塞した社会状況から脱却したいという思いからでしょう。私たちは将来に向かって夢を描き、それも一人一人の夢だけでなく、全体が大きな夢を抱き、実現を図っていかなくてはなりません。次の時代のあるべき国のかたちを示し、国民みんながワクワクして送れるような社会を創造することです。

来るべき年、皆様方が健康で、ご活躍されることを心からお祈りします。ありがとうございました。

NHK紅白歌合戦を今年も全部楽しく見ました。それからお寺とお宮に初もうでに行きます。すごい寒波です。

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今年もあと一日となりました

今朝から冷たい雨が降っています。テレビの天気予報では今夜から雪が降ると言っています。雪の正月になることでしょう。今年もあわただしく過ぎて行きました。昨日で忘年会も終わりと思っていましたが、今夜もまた忘年会となりました。ありがたいと思います。

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黄色い牡丹 簸川神社から氷川神社へ

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黄色い寒牡丹が咲き始めました。この写真は私の知っている栽培者の人が苦労して新品種を作り出そうとしている一つです。牡丹は島根の中海に浮かぶ大根島が一大産地です。春になれば桜と同時に牡丹の花でにぎわいます。

昨夜は斐川で昔からの友人との忘年会でした。20年ぶりにお会いした方も有り、楽しいひと時でした。全国に由来する氷川神社はその起原はは簸川神社に由来するのです。出雲朝廷が大和朝廷に国を譲って以来、全国に広がる簸川神社を氷川神社と名をかえて今日まで続いているのです。東京赤坂の氷川神社、埼玉の大宮神社など皆この流れです。出雲朝廷はその昔、全国制覇をしていたのです。ちょっと余談ですが。

今日の(株)田部の職員の皆さんとの忘年会で一応今年の忘年会は終わりです。いろいろな会合に出させていただきますと、日常、我々が気がつかないお話も伺うことができハッとすることがあります。今朝はここ二、三日と違って少し寒さが緩んでいます。

夕方は東京で勤めている次女が正月休みで帰ってきますから、とても賑やかになります。楽しみです。

政府の予算編成も終わり、政権交代により相当内容が変わってきました。どちらかと言えば日本はアメリカ型からヨーロッパ型に移行しているのかと思います。

今年もあと3日頑張りましょう。

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やっぱり異常か 12月に黄砂が舞うとは 世界は環境問題に本気で取り組まなくてはなりません

昨日は驚いたことに大陸から黄砂で、春霞のようのようになりました。。12月にこうした状態が起こるのは過去に経験がありません。確かに地球に環境の異変が起きています。産業と環境の整合性を本当に考えなくてはいけないでしょう。

今日は12月最後の日曜日です。朝早く掛合の里の直販店に行ってみましたらたくさんの人が集まっていました。大なべ一杯に豚汁が作られお客さんに振る舞われていました。私も一杯御馳走になりました。

今日は日本中央競馬の今年の最終戦の有馬記念が中山競馬場で開催されますが、こうして今年のいろいろな行事も一つ一つ終わり、新しい年を迎えることになります。政治も経済も地方もどういう時代を迎えることになるでしょう。

今日は夕方掛合太鼓保存会の忘年会が開催されます。地域おこしを続けていくのは並大抵の努力ではなりません。

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今年もあと僅かになってまいりました

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中学校の時代の恩師出雲在住の槙原郁郎先生の夕日に輝く宍道湖の絵です。来年は先生の絵のように山陰や島根が赤々と燃えるような、そしてなんだかウキウキするような毎日になればと思います。

今年もあと僅か一週間を切ってしまいました。皆さんからお誘いいただいて昨日から5日間連続で忘年会が続きます。人にお会いし、いろいろお話を聞くと世情がよく分かります。政治も経済も地方も大変です。でも人間は司馬遼太郎の「坂の上の雲」と同じで未来に夢と希望ときちんとした国つくりを描いていかなくてはなりません。今年もあと僅か頑張りましょう。

今日は社会福祉法人仁寿会の忘年会です。

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奥出雲吉田「民具制作伝承の会」の注連縄

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昨日は吉田の雲南市市議会議長の堀江真さんの訪問を受けました。堀江さんは地域のために大活躍されています。この地域一のブロガーです。奥出雲吉田 「民具制作伝承会」が作られた注連縄をいただきました。この注連縄の趣旨は「この地方は大昔から大社さんを百姓の神様として信心してきました。世は移り、時代は変われども、土に生きお天道さんに頼る生業は今も昔も変わりません。コメは日本の二千年を支えてきました。たわわに実る稲穂をもって、大社さんの鶴山亀山にちなみ作られました。鶴は千年、亀は万年、まずは心情まで」ということで、とてもおめでたい注連縄です。昭和62年より出雲大社に奉納されているそうです。

昨夜はクリスマスイブでした。子供夫婦の家に行き、孫たちとクリスマス会を行いました。サンタクロースがたくさんプレゼントを持ってきてくれると思います。

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根津美術館

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根津美術館は、実業家にして東洋古美術蒐集に熱心であった初代根津嘉一郎の遺志により、コレクションを広く一般に公開するため、南青山の根津屋敷内にに開館しました。今回改築され再開されました。日本庭園と一体感のある美術館です。蒐集された美術品も国宝、重文など一級品ばかりで見ごたえがあります。

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 天皇誕生日 今年最後の授業 頓原フォレストパーク

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一昨日の夜は飯南町の昔からの友達が波多の万寿の湯に集合し、久しぶりに忘年会が開催されました。温泉付きの忘年会は何も遠くへでなくとも十分楽しめます。皆さんの近況や地域のいろいろな問題もよく分かりました。雪は40~60センチあり、琴引フォレストパークは賑やかにスキーが楽しまれているようです。54号線沿いですから便利がよくスキーが楽しめますから年末から正月には沢山の人がお出でになることが期待されます。また高速道路尾道松江線の完成により一番心配されるのはこの地域では飯南町ですから、対策が急がれます。

昨日はは島根大学の関准教授の財政学の今年最後の授業でした。予算時期に合わせてタイムリーな講義でした。

今日は天陛下の誕生日です。76歳におなりになります。おめでとうございます。

天皇は終戦の時は日光の金谷ホテルに疎開されていました。今年私も行ってみました。昭和20年から昭和23年までの日本の状況等が書かれた猪瀬直樹氏の「ジミーの誕生日」を読破しました。皆さんもお読みになればと思います。4月29日、5月3日、12月23日は微妙につながっています。戦争をしてはいけません。皇室はいつまでも平和の象徴であってほしいと思います。

雪が降り寒い一日です。

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日本航空の皆さん頑張ってください

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ナショナルフラッグを背負い戦後日本の代表的企業日本航空が今経営危機にあえいでいることは国民周知のところです。日本航空の飛行機を時々使わせていただいているわれわれにとっても他人事ではありません。山崎豊子さんの小説「沈まぬ太陽」も映画化され沢山の人が映画館に詰めかけています。この間、羽田から飛行機に乗りました時、社員の皆さんが「清しこの夜」などクリスマスソングを歌い、お客さんに頑張っている姿を見せて、飛行機の運航の安全を訴えていました。黒山の人だかりであり、誰もが心から頑張れと応援している気持ちが伝わりました。来年は日本の代表する会社として立ち直り、より安全な運行を期待したいと思います。

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安来の清水寺の清水谷貫主さんの法話を聞きました

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JAくにびき乃木支店で夕方から清水寺の清水谷貫主さんの嫁が島の竹生島神社ににまつわるお話をされました。ちょっと難しいお話でした。ところで清水寺というのは全国に80ヵ寺あると聞きました。京都の清水寺は法相宗で安来の清水寺は天台宗で、延暦寺の関係にあるようです。清水谷貫主は兵庫県出身で、ご子息が後を取ると言って喜んでおられました。法話が終わってから、今年、出雲の国神仏霊場巡拝参加者で忘年会がにぎやかに開催されました。来年もまた巡礼の旅は続きます。水の都プロジェクト協議会の夏の太鼓演奏も引き続き嫁が島で行われますので島根県太鼓連盟も大いに協力しようと思います。

隠岐の島出身の隠岐の海関が十両二枚目に上がりました。初場所が待たれます。今年もあと10日となりました。健康に気をつけて頑張らなくてはなりません。

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伊吹山の雪

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新幹線に乗り広島へ向かいました。名古屋を出発して間もなく伊吹山が迫ってきます。新雪におおわれた伊吹山はとても美しく感じました。伊吹山を過ぎると琵琶湖から京都へと続きます。いよいよ日本列島冬景色です。

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いよいよ本格的な冬到来

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昨夜、広島から帰る時はまだぱらぱらと言う状態でしたが、今朝、起きて外を見ますとあたり一面の雪景色でまさに冬到来、寒波襲来です。とても寒く、マイナスの気温と思います。政府は来年度の国家予算を組むのに苦労しているようですが、何と言っても国の税収が例年より7~8兆もすくなく38兆しかなく国債発行に頼らざるを得ない状態の中で、財政規律を守り、要望にこたえるというのは大変なことでしょう。今朝の新聞を見ると中国の宝鋼集団が粗鋼生産において日本の新日鉄を追い越し世界第2位になると出ていました。「日中逆転」の象徴的事例であり衝撃的であります。宝鋼製鉄所は新日鉄が中国政府から要請を受けて技術供与し、山崎豊子さんの「大地の子」の舞台にもなりました。日本の今後の生き方としてもちろんアメリカとの同盟は堅持しなくてはいけませんが、中国、インドなどアジア諸国、オーストラリア、ブラジルなどの新興国との連携を果たしていかなくてはいけないでしょう。子供の数が少なくなるのは何と言っても大きな問題です。日本の人口減少は将来アジアからの移民なども考える時代が来ると思います。政治は日本の将来像を早く示すべきでしょう。

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今日の一日 学びの日

島根大学の財政学の講義に出席しました。今年もあと2回の講義となりました。戦後のドッジライン、シャープ勧告について学びました。1960年までは国家財政は赤字を出していませんでした。その後日本の高度経済成長に資するため社会基盤の整備、租税特別措置法など勧められました。一時、高度経済成長が進み、所得の増加、自然増収、新規財源の拡大、合わせて減税も行われ、財政の膨張が進み成長が促進されまた自然増収が7%にもなるという循環を繰り返しました。今日の国家財政とは隔世の感があります。

溝口知事を会長にした島根県とMOAの会合が行われました。食の安全について勉強することができました。特に食物の添加物が身体に何らかの影響を与えるので、理解を深めていかなくてはならないという点もそうでした。

帰りに友人と忘年会をしました。松江の街は少し活気がない感じを受けました。

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赤穂浪士とそば屋

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今日12月14日は全国のそば屋さんは稼ぎ時です。時は元禄15年(1702)12月14日、大石内蔵助良雄率いる赤穂浪士47名は江戸本所松坂町吉良上野介義央の屋敷を襲い主君浅野内匠頭長矩の仇を報いたというのはあまりにも有名な話です。この討ち入りの前夜義士一党ひそかに江戸市中のそば屋に集まり、そばやうどんを食べたという巷説も広く知られています。東京高輪の泉岳寺や京都山科の大石神社などゆかりのお寺や神社が催す義士祭にはそばが振るまわれますが、多分どこのそば屋さんもこれにならって夏のうなぎの日のように繁盛していることでしょう。実際の吉良邸討ち入りは日付けが変わって翌15日未明の七ツ(午前4時)で晴れた月夜でした。

赤穂浪士の杉野十平次は、「夜泣きそば屋の当たり屋十助」に身を宿し、吉良邸を探りました。そして、お客の俵星玄蕃と親しくなりました。討ち入りの夜、俵星玄蕃が槍を引っさげて駆けつけて来るのはお芝居などで有名なお話です。

今夜も星空でした。明日の未明には元禄15年と同じような月明かりになることでしょう。

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元島根県農業協同組合中央会・各連合会会長 吉岡亀太郎さんの叙勲祝賀会

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元島根県農業協同組合中央会・各連合会会長吉岡亀太郎さんの叙勲祝賀会が盛大に開催されました。吉岡亀太郎さんには公私とも随分お世話になりました。今も親しくお付き合いをさせていただいています。吉岡ご夫妻に心からお祝い申し上げます。国の基は農業です。吉岡さんはこの道一筋、島根の農業に人生をささげてこられました。「一人は万人のために万人は一人のために」という思いで農業振興のためにに戦ってこられました。これからの農業は知恵なくしてはやっていけません。吉岡さんの長年の知恵を生かしたいものです。吉岡亀太郎さんは挨拶で「鶴は千年、亀は万年と言いますが、まだ自分、吉岡亀太郎は亀の万年まではまだまだですから今後も頑張りたい」という挨拶でした。吉岡亀太郎さんのひょうひょうとした風貌は人を温かく包みます。たくさんの農業関係者もお集まりでしたが、島根の農業のために頑張ってください。

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安来の清水寺の清水谷貫主さんの法話があります

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今年は出雲の国神仏霊場巡拝の旅に二度参加しました。安来の清水寺では清水谷貫主さんにいろいろお世話になりましたが、12月20日には水の都プロジェクト協議会の神庭嘉孝さんのお世話でJA乃木支店において6:00から法話があります。京都の清水の森清範貫主によれば2009年は「新」であったと揮毫されました。清水谷貫主さんは今年をどのように総括されるのか楽しみです。 皆さんも法話を聴きに来てください。

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島根名物 シルクパウダー入りのうどん 「絹の細みち」

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西陣の帯屋さん「渡文」(渡部隆夫社長)が島根に進出して、30年以上の歳月が流れました。掛合、弥栄、などで工場を持ち、日本の伝統工芸の進展と地域の雇用の拡大に寄与していただいています。「渡文」は出雲市佐田町にありました東須佐小学校が廃校になったのを京都に運び、、日本に来て宮大工になったマイケルアンダーソン(米国)の設計により復元し、現在「織成館」と命名し、西陣で各種の催事に使っています。その「渡文」が今度は島根の名物として全国販売を試みるため、シルクパウダー入りのうどん「絹の細みち」を開発しました。選び抜いた小麦粉と上質の湧き水で練り上げ寒作り製法で小麦の香りを閉じ込めた絹のようになめらかで張りのあるのど越しの細麺です。出雲の麺と京の絹が島根の山里で出会い、ほんのり甘くてもちもちの絹うのうどんです。とても味がよくて、京の都の味がいたします。

販売元は渡文株式会社 掛合工場 0854-62-0175

渡部隆夫社長は郵便株式会社の民間からの社外取締役としても頑張っています。

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今年も早いものでクリスマスの時期となりました

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本当に速いもので今年も師走、クリスマスの時期になりました。サンタクロースに代わって孫たちに何をプレゼントしようかと悩むところです。昨日は昔、仲人をさせていただいた友人が久しぶりに訪れてくれて長話をしました。子供たちも大きくなったと言って喜んでいました。最近話題のプリウスに乗ってこられたので運転させていただきました。本当にエンジンの音が小さく、近づいても気がつかない時があると思います。自動車の社会も環境問題の中で電気自動車へと大きく変わっていくことでしょう。スズキ自動車とフォルクスワーゲンが資本提携をするというのが大きく報道されています。スズキ自動車は26年前にすでにインドへ進出していたのには驚きました。これからの日本の自動車をはじめ企業は世界の企業再編の中で大きく変わっていくことでしょう。孫や子どもたちの時代はどう変わるのか心配でもあると同時に、世界がもっともっと近くなりどのようになるのか興味あるところです。

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加藤清正の熊本城 諸国漫遊

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熊本城を訪れました。日本三大名城は、熊本城、大阪城、名古屋城です。加藤清正が築造したほどあり頑強で石垣の見事さには驚くばかりです。城は黒と白のバランスが良くとれていて見ごたえがあります。加藤家は二代だけでその後は細川家が明治まで陣取りました。明治10年の西南の役で炎上しました。

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阿蘇の麓にて

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ちょっと用事があり、熊本の阿蘇山の麓を訪れました。用事がすんでから、冬の阿蘇に登りました。あいにく雲がかかり悪天気で視界は悪かったのですが、それでも、阿蘇は天地創造を思わせるスケールの大きさを感じさせます。冬なので山は全くの茶色です。阿蘇は春の新緑の頃が良いかと思います。しかし自衛隊や消防などが避難訓練をしている珍しい光景に出会いました。あたりはガスの異臭に包まれています。

熊本は農業県です。現在はニンジン、高菜などで畑は埋め尽くされていましたし、来年の準備のために畑を耕している最中でした。放牧も所々で見ることができます。阿蘇の麓から広がる耕地ははどこまでも伸びています。

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昭和16年12月8日12月8日 日米開戦 国家の犯罪

昭和16年12月8日は日本がアメリカに宣戦布告し、忌まわしい太平洋戦争が始まった日です。その結果、230万人の軍人軍属と80万人の一般市民がなくなりました。またアジアをはじめ多くの国に多大な被害を与えました。そして日本は負戦、無条件降伏を受け入れることになりました。戦後、沖縄は返還されましたが、未だ北方領土の返還は見通しさえありません。この戦争は国家の犯罪であり、マスコミの扇動によるものです。若者はたった1銭五輪のはがきで召集され、尊い命を落としました。沖縄戦、広島長崎への原子爆弾投下、東京をはじめ多くの都市への空襲など日本は壊滅的な状態になりました。昭和16年12月8日から始まった悲劇はしっかりと次世代に伝えなくてはなりません。亡くなった方たちの悔しさに思いを馳せ、哀悼の誠を捧げるものです。

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大隈重信記念会館を訪れて 佐賀市

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明治から大正にかけて日本の政界で、二度内閣を組織し、教育者としても早稲田大学を創設した大隈重信候生誕125年の昭和41年に建設された大隈記念館を訪れました。私の母校の創設者でありますので一度生家を訪れようと思っていましたが、漸く実現しました。展示品を見て驚くばかりでした。外務大臣の時暴漢に襲われて右足をなくしましたが、義足でその後、活躍されました。不撓不屈の人でもありました。佐賀県はなかなかの県で明治の動乱期に佐賀の七賢人と言われる人たちが出て、近代日本をリードしているのです。大隈重信、副島種臣、鍋島直正、江藤新平、島義勇、大木喬任、佐野常民の七人です。司馬遼太郎の世界に入ったようです。大隈重信候は当時125歳まで生きると主張されたのは有名ですが、実際は84歳で亡くなりましたました。今日なら実現したことでしょう。

いつか,慶応義塾の創設者の福沢諭吉翁の生誕地大分の中津を訪れたいと思います。

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穴見谷集落のそば打ちと楽しい午後のひと時

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少し留守をしました。昨夜は博多で友人の人たちと初冬の日本海の料理を楽しみました。今日は私の穴見谷集落のそば打ちの会が開催されますので、間に合うために、福岡発朝6時の新幹線に乗り、広島からバスで帰りました。10時過ぎに帰宅しました。すぐに集会所に行き、そば打ちに参加しました。そば粉は同じ集落の人が栽培した地元産です。作り立てのそばを食べながら楽しく歓談しました。とても美味しいそばでした。集落の行事はこれから忘年会、年始会、トンドさん等結構忙しい限りです。みんな元気で年の瀬を送りましょう。

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昭和の時代がまた去りました 平山郁夫画伯

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昭和の時代がまた去って行きました。日本画の巨匠平山郁夫さんが逝去されました。私も何度かお話しする機会がありましたが真に残念です。シルクロードと言えば平山さんでした。ヒロシマの悲劇を憂い常に平和を求めてこられました。また掛合にも来られ龍頭ヶ滝などの作品も発表されています。平山さんの愛弟子である松江出身の私の友人である画家宮廻正明さんらが今後頑張らなくてはなりません。

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掛合中学校の同窓会

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掛合中学校の同窓会が掛合の地元の松笠公会堂で開催されました。今回は近周りにいる者同士で集まりました。それでも松江、出雲からも集まってきました。最近年齢的にお医者さんから酒を止められている人がいるので、酒を飲まないためにも、お昼の時間に開催されました。久しぶりにお会いする人もあり、それぞれ近況を語り楽しいひと時でした。孫の話は共通の話題でした。これからも元気で頑張りあうことを誓い合いました。私たちの掛合中学校の同級生は128人ですが、21人亡くなっていました。そのうち男性が17人、女性が4人でした。やはり女性の方が強いということが証明されました。来年は卒業50周年なので4月11日玉造で全員に呼び掛けての同窓会を開催することになりました。恩師の先生にもおいでいただくことになりました。

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斐川の日本三大美人の湯

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今日は島根大学での財政学の授業の日でした。久しぶりに中国から帰国された関准教授の授業がありました。戦前の戦争時代の国家財政の成り立ちについて勉強しました。国家の在り方と財政とは非常に関係があり、今日の国家財政についてもいろいろ考えるところがあります。常に官僚機構と政治が緊張感を待ってやらないと一番損をするのは国民そのものであります。

「政治とりわけ財政と言う仕事は、恐ろしい魔力を持った神の使い手である。」 大平正芳

家に帰る途中で斐川の美人の湯に行きました。施設もよくて綺麗だし、ゆっくりすることができます。斐川の温泉は日本三大美人の湯として宣伝されています。昭和46年の県議会で当時の持田勉県議が県議会の本会議で発言されたのが最初です。懐かしく思い出します。

その後、出雲の食道園で焼き肉を食べながら、早稲田の同窓会をやりました。みんな元気です。

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