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島根県連合青年団と斐川町の新田恭一君

私は島根県連合青年団の一員として昭和45年ごろから50年代初頭まで活動しました。戦後青年団活動をする中で多くの地域の活動家が育ちました。竹下登先生、持田勉先生など代表的な方です。

私たちが活動したのは戦後地域青年団活動の盛り上がりが最後のころと思われます。その後はJC,商工会青年部、農政連、労働組合の青年組織等に分散して行き地域青年団の活動は下火になって行きました。もちろん現在でも小さいながらも火を燃やしている地域もあると思います。少子高齢化の影響もあると思います。

私たちのころは松江に青年の館を建設、青年のつばさの創設、公明選挙の推進、結婚純化運動、封建制の打破などいろいろなスローガンを掲げてやりました。また若い男女の良き社交の場でもありました。青年団活動で結婚した人も沢山います。

私も青年団活動の中でたくさんの友達を得ることができ、今も交友を深めています。その友人の中で今は亡き斐川町の直江の新田恭一君がいました。彼とは生涯何人しかできないといわれる親友でした。今でもいろいろなことがあれば、今、彼がいたらなーと思うことが再三再四です。彼は根っからの巨人フアンでした。平成6年4月30日の巨人阪神戦をテレビで見た後、脳内出血倒れ、救急車で中央病院に運ばれましたが、看病のの甲斐なくなくなりました。来年17回忌を迎えます。奥さんも元気で、三人の子供さんにそれぞれお孫さんがいて総計七人だそうです。来年は当時の仲間と一緒になって「新田恭一君をしのぶ会」を開きたいと思います。

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