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2009年8月

自民党と風呂敷き

自民党は昭和30年11月15日立党されました。当時日比谷公会堂で立党の大会が盛大に開かれました。その時、記念品に海老茶色の風呂敷が配られました。それはどういう意味かと言えば、森羅万象すべての色を混ぜ合わせると海老茶色になるからです。世界のすべてを対象にするという意味です。風呂敷は世の中のすべての物を包むという意味です。即ち自民党は世の中のすべてのいいことも、悪いことも、地域も、性別も、年齢もすべてを超えてことごとく政治の光を当てるということです。風呂敷はすべてをやさしく包み込みます。政治はすべからく大衆の渦の中から生まれ出るということです。その立党の精神を再び呼び起さなければ再生はないでしょう。

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JAカップ第26回島根県学童軟式野球選手県大会

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JAカップ第26回島根県学童軟式野球選手権大会が好天に恵まれた松江市営球場で開催されました。主催の山陰中央新報社の三沢享一郎専務と島根県軟式野球連盟の会長の景山俊太郎が激励のあいさつをしました。この大会にはJAグループ島根、JA共済連島根の両団体から特別の協賛をいただいています。この大会は島根の学童たちの甲子園と呼ばれています。29、30日の2日間にわたり熱戦が行わ優勝を目指します。がんばってください。

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山本一太参議院議員のブログに登場

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昨日の夜、旧吉田村で友人たちと食事をしていましたら、やはり選挙の話になりました。友人の一人が山本一太さんのブログを読んでいるが、彼も全国を歩いているので状況を聞いてくれないかというので、電話をして見ましたら、すぐにつながり、友人二人がお話をしました。二人とも選挙状況とかブログのフアンであることなどを聞いたり話したりで、盛り上がりました。

今日、山本一太参議院議員のブログを見ましたら、私達とのやり取りが詳しく書いてありました。---感激!

山本一太参議院議員頑張ってください。

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グローバル経済の中の日本の姿 世界第3位の経済大国へ

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平成21年版の通商白書が経済産業省より提出されました。衝撃的な報告がなされています。我が国のGDPの世界に占めるシェアは、一時米国に次いで約18%を占めていたが、1995年以降年々低下して2008年には8%にまで落ち込んでおり、今後さらに低下することが見込まれる。2010年には中国が名目GDPで日本を抜くと予測するなど、日本の世界第2位の経済大国としての地位も残りわずかとなていると報告されています。また国民の豊かさを示す指標の一つである1人当たり名目GDP も、OECD加盟国中で3位(2000年)から19位(2007年)と急落している。日本経済を取り巻く環境は今後さらに厳しさを増すことが予想され、経済活動の量的拡大から質的向上への転換が求められるようです。(331ページ)

政治も経済も戦後64年大きな転換点にきていることは間違いないでしょう。

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立久恵山霊光寺

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初秋を迎えるころになりましたが、出雲へ行くのに旧佐多町から立久恵に向かいました。ふと出雲十番札所の霊光寺を思い出し、ちょっと寄り道してみました。立久恵の南画のような岩山の麓に古いお堂があります。大きなわらじがくくりつけられ来訪者を驚かせます。これから秋が深まり紅葉の季節が待たれます。

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「お笑い漫画道場」 柏村武昭さんと久しぶりにお会いします

今日は久しぶりにちょっと昔になりますが、テレビで大変人気がありました「お笑い漫画道場」の名司会者柏村武昭さんと久しぶりにお会いすることになりました。

彼も私も多くの皆さんのおかげで、ともに参議院議員として頑張り、大変仲の良い同僚でした。歳も大学も同じということもあったかもしれません。

彼と会っているといつも物事に対してひたむきな情熱を感じます。

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42歳の赤紙 昭和20年1月最後の正月 椿の木の下の別れ

8月は鎮魂の日々です。先の大戦においては310万人の人たちが戦争で犠牲になりました。私の近所のAさんのお父さんは戦争も敗戦濃厚といわれた昭和20年1月、ちょうど42歳の年でした。赤紙1枚で補充兵として召集され、浜田21連隊に入隊、即満州のハルピンに派遣され、戦死しました。Aさん5歳の時でした。庭の椿の老木の下に迎えに来た自動車に乗りながら「2度と帰ることはないよ」という言葉を今でも鮮明に思い出すといわれます。終戦の日、7か月前のことでした。お父さんはなくなったとき1階級特進の兵長でした。特進よりも命を返して欲しいのです。お母さんは悲しみをこらえながら女手一つでAさんを育てました。Aさんも今年は齢70歳、古希を迎えました。今でもお父さんの出発の光景は忘れていません。戦争ほど悲惨なことはありません。8月30日総選挙が終わり、新しい政権が生まれます。戦争だけはしない平和な日本を創ってください。

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平和の象徴ブランデンブルグ門 東西ドイツの時代を思い出します

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ドイツで行われている世界陸上の女子マラソンは尾崎好美さんが晴れの銀メダルを獲得されました。おめでとうございます。

冷戦終結20年

テレビの画面からブランデンブルグ門がゴールになっているのが分かりました。私は1974年初めて東西ベルリンを訪れました。当時は東西冷戦の真っただ中でした。ベルリンも東西に分かれていました。ブランデンブルグ門を中心に冷戦の象徴ともいえる壁が人の心を遮るように続いていました。西ベルリンから東ベルリンをおとづれると厳しい検閲に会い心が冷えました。東ベルリンは暗い街でした。それから何回かドイツを訪れましたが、大きく変わったのは1989年共産主義崩壊により東西ドイツが統一されたことです。当時ブランデンブルグ門の上に人々が群がり、壁をハンマーでぶち壊しているのは今でも鮮烈に目に焼き付いています。これで冷戦も終わり、世界は平和になり、経済体制も資本主義経済として大きく飛躍するだろうと予想されました。しかしその後、世界はテロ、宗教、民族等の対立が激化し、戦争は終わらず、世界的同時不況、経済の格差、貧困、食糧難など冷戦時代以上に問題が発生しています。

一方、ドイツが統一され世界陸上でマラソンのゴールがブランデンブルグ門になりました。当時の暗い時代と隔世の感があるのも感激です。平和のありがたさも感じるのです。

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秋の色に変わります

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1カ月余り滞在していた2人の孫たちも9月からの幼稚園の準備にそなて帰って行きました。あれだけにぎやかだった家の中も全く静かになりました。急に秋を感じ虫の音も目立つようになりました。田んぼの稲も色づきだしました。選挙も次第に終わりに近づくと同時に去年はアメリカ発の経済不況でしたが、今年は新型インフルエンザが蔓延しだしました。これからは収穫、お祭り、運動会など秋の仕事や行事がひっきりなしとなります。健康に留意して頑張らなくてはと思っています。

今夜は久しぶりに一緒に参議院議員として協力しあった鳥取の同志常田先生と松江で一杯やることにしました。非常に楽しみにしています。

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日本の城シリーズ駿府城  今日の一日

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今日は放送大学へ入学するための相談に島根学習センターに行き、詳しく指導を受けました。あれもこれも科目を取りたいと迷いますが、そんなにできるものではありませんので英語をもう一度勉強しようかと思い2科目とることにしました。どこまで続けられるか心配ですが、スタートすることにしました。この次は全く未知の世界である韓国語を勉強したいなとも思いました。総務・広報主任木下正晴さんに大変お世話になりました。

その後いろいろお世話になった方が日赤に入院されたのでお見舞いに伺いました。早く元気になっていただきたいです。

久しぶりに東京から友人が事務所に遊びに来ましたので都の話を伺いました。最近はエコ時代かと思いますが、太陽光発電の目覚ましい発展についてうかがいました。友人はそういう関係の仕事をしていますが。

昨日から今日にかけての朝日、毎日、読売、日経各紙とも全国的には民主党圧勝の記事で埋まっています。東京都議会選挙の世論調査の結果もあり、このまま行けば自民党もいよいよ下野することになるのかな。8月30日の夜はどうなる事やら。

夕方は飯南町の女性の皆さんからいろいろ話が聞きたいというので伺いました。田舎はいろいろな問題を持っていますので私の方が勉強させられました。

写真は静岡の徳川家康ゆかりの駿府城です。

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山陰高速道と松江尾道線の早期実現を望みます 選挙の課題

この3日間島根県を東から西へ、西から東へと縦貫しました。とても時間がかかります。あちこちで高速道建設の工事が進んでいますが、もっと早く進んで少なくとも1時間は短縮されればよいのにと思いました。島根にとって大切なことはたくさんありますが、なかでも高速道の実現が急がれます。

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護国寺の境内を散策して

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盆前に上京したとき、娘の住んでいる近くの護国寺の境内を朝早く散策しました。随分昔になりますが学生時代にこの近くでアルバイトをしたこともあり懐かしく思いました。昔と変わらぬたたずまいの中に朝市が開かれ、たくさんの人が来て楽しんでいました。

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日本の未来は

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総選挙が始まりました。今度の選挙は戦後始まって以来初めてといわれる政権交代の可能性があるといわれています。どの政党もマニフェストを作成し、選挙ならではの国民の気を引くばらまきと言っていい政策の羅列です。今考えてみなくてはならないのは、あの忌まわしい戦争が終わり64年がたちました。私たちはたくさんの先人の努力により平和な日本を作り上げてきました。また廃墟の中から今の経済力ある日本を創ることができました。それは今の憲法、特に憲法9条の存在が大きかったと思います。今度の選挙を通じてこれからの国のかたちを真剣に考えなくてはならないと思います。歴史家E・H カーが「歴史とは何か」の中で「歴史は過去との対話」であると述べています。私たちの原点は二度と再びと戦争はしてはならないということです。そのためにも、どの党もいかなることがあっても戦争はしない平和な国、日本を作っていかなくてはならないと約束しなくてはなりません。その確約が一番のマニフェストと思います。日本が世界から一目置かれる国とは平和に徹する国づくりと思います

地方は疲弊しています。この間も農家の働き手が経営の行きずまりで自殺した話を聞きました。今農村社会は農業を業としてはやれません。少子高齢化、過疎は続き高齢化率も年々上がりとても農業などとはと言ってはおれない状況です。せいぜい僅かな年金で細々と命をつないでいるといったほうがいいような状態です。よく誰もが言う言葉に農業は国の基であるといいます。しかしそれは完全に放棄されています。自給率を上げますとか何とか言っていますが、それは言葉のたわごとにすぎません。農業のお世話をする農協も自分の経営を維持するために四苦八苦しているといたほうが良いかもしれません。国の基幹産業として農業を位置づけるならば、人口が都市へ集中していくのを止めなくてはなりません。道州制などというばかげたこという人がいますが、これは地方をますます疲弊させ農業の衰退をますます加速さすものです。

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いよいよ総選挙が始まりました

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いよいよ総選挙です。島根2区は竹下亘さんが立候補されました。私は朝6時30分に家を出発し、浜田での第一声のご挨拶に駆けつけました。たくさんの支持者の中で元気よく第一声のご挨拶があり、12日間の戦いに出発されました。必勝を期して頑張ってください。

島根1区は細田博之さんが立候補されました。浜田から松江に駆けつけて、事務所に激励のご挨拶に伺いました。全国遊説大変でしょうが、必勝を期し頑張ってください。

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雲南市の食の杜 ドイツにに行ったようです。

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雲南市木次町の山合いに食の杜があります。レストランとかブドウ畑があり、ちょっと外国に行ったようです。家族で食べに行きました。パン屋もあります。白ワインのシャルドネはとても美味しいです。決してドイツの白には負けません。皆さんも一度訪れてみてください。

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細田博之自民党幹事長の総決起大会 

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いよいよ8月18日から総選挙です。今日は松江のくにびきメッセで細田博之自民党幹事長の総決起大会が盛大に開催されました。公明党の斎藤鉄夫環境大臣が応援に駆けつけられました。今度の選挙は政権選択の選挙であり、とても厳しいといわれています。細田博之先生の必勝をお祈りいたします。

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終戦の日

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今年も終戦記念日が来ました。先の大戦で310万人の方々が貴重な命を失われました。広島、長崎に原子爆弾が落とされ多くの犠牲者が出ました。心から哀悼の誠をささげたいと思います。不戦の誓いを新たにし、お互い努力して平和を勝ち取らなくてはなりません。今年はオバマ大統領のプラハでの核廃絶の演説は世界に衝撃を与えました。これからの日本を考えるとどうしても政治家の真価が問われると思います。

掛合の忠霊塔にお参りしました。

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故郷の夏祭り

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昨日までの雨もあがり、気持ちの良い夏祭りが開催されました。

私は30有余年ご招待を受けている掛合の入間、波多、松笠の祭りに行きました。どこも老若男女、善男善女でにぎわっていました。それぞれの地区で工夫がなされた夏祭でした。

入間では昔、仲人をした方が子供さんを連れてきていました。大変大きくなっているのにはびっくりしました。

波多では石見神代神楽を浜田の上府社中の皆さんが演じていました。主催者の岩川さん親子は太鼓にもご熱心で「神祇太鼓」を結成されて島根県太鼓連盟の有力メンバーであります。さすが石見でも有名な社中ほどあり素晴らしい演技でした。写真は子供神楽の白熱した舞台です。

松笠は先祖代々つたわているの盆踊りを若い皆さんも一緒になって歌い踊っていました。どこでも花を出しますが、その後、ビールやお酒が出され、いささか酩酊しました。沢山の人にお会いし、楽しい一夜でした。来年が待ち遠しく思われます。

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今年も盂蘭盆(盆)が来ました 孫たちとお墓にお参りしました

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久しぶりにいい天気になりました。

今年もお盆をお迎えする時期になりました。お墓や仏壇の掃除も終わり、お寺へもお参りし、お盆を迎えました。夏休みで来ている孫たちと共にお墓にお参りしました。盆花、線香をお供えし、灯篭に明かりをつけました。ご先祖様に感謝の気持ちを込めて、手をしっかりと合わせました。お墓の前で手を合わせますとなんだか気持がさわやかになります。15日にはお寺さんもおいでになり仏壇を拝んで頂けます。

このあたりは夏に成人式が行われますが、一度若い人たちの前で最近思うことを話してみたいと思います。また夏祭りのお誘いがある地区へはおうかがいし、久しぶりに会う人たちと一杯やるのも楽しみです。昼は我が家へおいでになった方たちと談笑するのも楽しみです。今日一日はお盆休みです。

上の写真は親父と一緒に専正寺の境内に建立した親鸞聖人様の銅像です。合掌

お盆が終わると、稲刈り、運動会とまた忙しくなります。あ! そうだ今年は総選挙でにぎやかな秋を迎えます。政権交代が現実的になると毎日報道されています。1989年の共産主義崩壊により象徴的だった東西ドイツの壁が破壊され、ブランデンブルグ門の開放の映像が思い出されます。でもその後、世界は平和になると思われていましたが、今日まで世界はずーと混乱が続いています。一か月後の日本はどうなっているのでしょうか?

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ガーダGHADA パレスチナの詩 古居みずえさん(掛合町出身)第1回監督作品

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09年9月19日(土) 雲南市木次町チェリバホールで「ガーダ・パレスチナの詩」映画&古居みずえさんのトーク&インタビューが開催されます。古居さんは雲南市掛合町の出身です。1988年よりパレスチナのイスラエル占領地を訪れ、パレスチナ人による抵抗運動・インティファーダの取材し、パレスチナの人々と生活を共にする中で、特に女性や子どもに焦点を当て、取材活動を続けています。そして映画が作られました。

オレンジやオリーブが実る豊かな大地がありました

青い空の下で おおらかに歌われる愛の詩がありました

そんな暮らしが ずっと続いていくはずでした

58年ほど前 ここに ある国が作られ、

住んでいた人々は故郷を追われ、

家族を奪われました

そして 今 ひとりの女性が失われた詩や暮らしを取り戻そうとしています

皆さん是非ご覧ください。

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公明党は島根で6万票以上取らなければ中国地方で2議席確保は大変です

いよいよ総選挙が近づきましたが、各政党とも全国で大変な選挙戦を闘っています。自公連立の公明党は東京都議会選挙では23議席おさえて意気揚揚ですが、内実、投票率が伸びたのに現実投票総数は減少しました。多分幹部の皆さんは心配と思います。中国地方は比例区で2人当選を期しておられますが、中国5県で60万票以上を獲得しなくてはなりません。そのためには島根で6万票以上を確保しなければなりません。現在は5万2千~3千だそうです。私が自公のお世話をさせていただいている頃は6万以上を確実に確保できました。勿論自民党も目標数は確保できました。即ち効果的な相乗作用でした。先般、公明党の関係者がお出でになり、昔のようにならないかとお話しになりましたので微力を尽くすと返事しました。小渕内閣の時代、野中官房長官のもとで自公連立政権ができました。その原点を今一度考えてみないといけません。基本は「政冶の安定」と「平和な日本づくり」であったと思います。公明党は「平和と環境」に徹してほしいと思います。自民党の右傾化をけん制するのも連立与党の役割と思います。

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如己愛人 三刀屋町出身永井隆博士 平和を

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せっかく長崎に行きましたので、私の住んでいる雲南市三刀屋町飯石出身の永井隆博士の如己堂と永井記念館を訪れました。永井博士は長年取り組んでいた結核患者の治療のため放射線の障害を受けて、白血病にかかり余命あと3年と診断されました。妻の緑さんに告白し夫婦でその運命を受け入れました。8日の朝、妻はにこにこしながら出勤を見送りました。それが別れでした。博士はその夜は防空当番で教室に泊まりました。9日の朝11時02分原子爆弾が投下されました。博士は傷つきながらも、患者の救護に当たりました。もちろん妻緑さんのことも心配だったと思います。3日後、家に帰り、妻の焼けただれた骨盤とロザリオの鎖を見つけました。博士はその後死ぬまで献身的に原爆の負傷者の治療に当たりました。

博士は次第に白血病のため歩くことができなくなりました。関係者が2畳一間きりですが、博士のために家を建てました。博士がいつも言われていた「己の如く人を愛す」にちなんで如己堂と名付けられました。そこで疎開のため原爆からのがれた2人のお子さんと語らい、研究し、「長崎の鐘」をはじめとして14冊の本をものにしました。またカトリックの信者として浦上天主堂の再建にも尽くしました。世界の平和を念じて1951年43歳で永眠されました。博士は長崎市、三刀屋町の第一号の名誉市民、名誉町民に推戴されました。

永井記念館に行って思いましたのは若い女性の皆さんが多く参観しているのには感心しました。

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長崎原爆の日の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加しました

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8月9日、長崎は原爆投下から64年となる原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催による原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が2万9千人の訪れにより開催されました。私も平和の大事さを胸に秘めながら参加しました。原爆を投下された日とたぶん同じように、うだるような暑さでした。田上長崎市長は平和宣言で、「核兵器のない世界に共に歩んでいこう」と呼びかけ、また核なき世界を目指すとしたオバマ大統領のプラハ演説を「核超大国アメリカが、核廃絶に向けてようやく一歩踏み出した歴史的瞬間」と評価しました。原爆で家族8人を亡くした奥村アヤ子さんのあいさつには涙を禁じえませんでした。爆心地の城山小学校の生徒さんたちの平和の願いを込めた合唱にも感動しました。来賓として麻生太郎総理らが「平和へ願いこめて」挨拶がありました。

長崎はその日、曇空であたそうですが一瞬の雲の切れ間に原爆は投下されました。7万4千人の人が一瞬にして帰らぬ人となりました。その後今日まで原爆死没者名簿に登載された人は14万9266人です。心から哀悼の誠をささげるものです。

世界に本当の平和が訪れることを祈るものです。

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8月9日、長崎に原爆が投下された日 永井隆先生 こよなく晴れた青空に

8月9日は64年前に広島についで長崎に原爆が投下された日です。隣町の三刀屋町出身の永井隆先生は被爆され、白血病と戦いながら市民の救護のために努力されました。明日は長崎に行き原爆の犠牲になられた方々に哀悼の誠をささげたいと思います。核廃絶を願い、世界の平和を祈りたいと思います。

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マスコミが言う通り本当に政権交代はあるのでしょうか

久しぶりに上京しました。東京も雨模様でした。今年は日本中、雨にたたられ、8月3日の立秋が過ぎてからでは梅雨明け宣言といってもピンきません。上京の飛行機の中には農協関係の幹部の方たちの顔が見えました。多分今、民主党のマニフェストで有名になったアメリカとのFTA 交渉に対する農業団体としての反対行動のためと思います。

最近、新聞、テレビ、週刊誌を見るとすでに民主党が政権を奪取したように書かれています。中には組閣名簿まで予想しています。報道辞令とはこのことかと思わせます。全国の候補者に○とか△▲を付けて予想し、あたかも決定と思わせるのはどうですかね。 各候補者はやりきれないでしょう。世論調査の恐怖です。評論家といわれる人達の天下ですね。

マスコミの予想と違って民主党政権ではなく、これまでどうり自民公明政権が勝利を収めたときはどういう弁明をマスコミはするのでしょうね。特によく出る評論家やアナウンサーなどはどういう顔をして、言い訳をするのでしょうね。 ちょっと想像すると面白いですね。

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8月6日広島原爆の日

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広島は今日64年目の原爆の日を迎えます。改めて戦争の悲惨さを思い、二度と戦争をしてはならないということを決意しなくてはなりません。私は小学校ころ「原爆の子」という映画を見ました。その画面に映し出される光景はまさに地獄絵でした。ショックを受けました。二、三日食事が喉を通りませんでした。何で人間は戦争をするんだろう。戦争は絶対にしてはいけないと思いました。その後、私の政治を歩む原点になりました。今年はオバマのプラハ演説により核廃絶の理想への期待が高まっています。一方北朝鮮の核開発に恐怖を覚えます。世界からは戦争の危機は取り除かれていません。これだけ科学が発展しても人間の愚かさはと思うばかりです。しかし私たちは戦争は絶対にしてはならないことを再び誓い合わなくてはなりません。

今日の各紙には原爆症訴訟全員救済へと書かれています。実現することを期待しています。

いつか広島へ、長崎へアメリカの大統領が訪問することがあるでしょうか。

しずかに原爆被爆によりお亡くなりになった方々に哀悼の誠をささげたいと思います。

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クリントン元大統領のあざやかな外交  空白の40日は日本に何をもたらすのか そして地元の島根は

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毎日の雨模様と一緒で40日ものダラダラした政治空白は日本の将来に暗い影を投げかけています。この間、アメリカと中国の経済外交の促進、今度は突如としてクリントン元大統領が北朝鮮を訪問し、金正日総書記と会談し、口頭で今後の日朝関係の改善を約束し、北朝鮮が3月から拘束しているアメリカ人女性記者2人を即刻開放し、早々と帰国させました。あざやかなものです。すべて日本の頭越しに外交が進んでいます。麻生総理が新潟へ行き、横田めぐみさんが拉致された現場を見たのはいいですが、蓮池さんたちと会うことが出来なかったのは政権が信頼されていないと思います。日本の拉致問題は小泉内閣の衝撃的帰国以来、何ら進展していません。完全に日本はアメリカからも中国からも北朝鮮からも無視されているといっても言い過ぎではないと思います。官房長官の記者会見は弱弱しく信頼を国民に与えるものではありません。こんなことでは選挙の結果は昨日の共同通信の世論調査のようになるかもしれません。もっと内閣が力強く国民に信頼を与えるようにしなければ日本が心配です。

企業もこんな日本ではとても企業活動ができないと思い、今朝の新聞を見ると江津市にあるパナソニックが撤退を決定しました。そしてBRICSの方にシフトを敷くそうです。またもや雇用不安が出ると思います。

田中江津市長に電話をしましたら朝早くパナソニックの本社へ抗議をするため高速道を走っておられるところでした。がんばってください。

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「景山俊太郎」大いに吠える 自民党島根県連の職域支部・団体協議会合同会議

いよいよ衆議院選挙が近づいてきましたので、松江の一畑ホテルで自民党島根県連の職域支部・団体協議会合同会議が開催され、私の事務所も職域支部に所属していますので参加しました。青木幹雄県連会長、細田博之自民党幹事長、一区選挙区から細田重雄県議、二区選挙区からは上代義郎県議がお願いのあいさつがありました。

その後意見交換になりましたが、あまり意見もなく静かな状況でしたので、こんなことでは選挙にならないと思い一番後ろに座っていましたが、手をあげて、大きな声で「景山俊太郎」と名乗り、「今回の選挙、前回の参議院選挙の轍を踏むことなく、今日を期して頑張りましょう」と必勝を訴えました。大きな拍手をいただき少し盛り上がりに役に立ったと思います。

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日本の失業者の実態 今一番しなくてはならにことは雇用対策

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いま日本の雇用は危機的状態です。今年5月の完全失業者は348万人です。失業率でいえば4月と比べて0.2ポイント上昇し5.2%ととなりました。単純にいえば1000人のうち52人が失業しているのです。また5月の有効求人倍率は0.02ポイント低下して0.44倍となり過去最低です。10人の就職希望者のうち半分の5人も就職ができないのです。ハローワークを訪れる求人者も減っています。さまざまな経済指標が上向きつつある中で雇用情勢は厳しい。

我が国は「雇用調整助成金」を制定し、失業を抑えています。もちろんいい制度ではありますが、09年5月現在この制度を6万7192社ー233万8991人が利用しています。この状態で会社経営を長く続けることはできないと思います。いわば失業予備軍と言われるかもしれません。この数字と完全失業率を合わせると日本の失業率はアメリカに次いで悪く8.8%といわれるのです。

ニートは64万人、フリーターは170万人といわれています。

今度の衆議院選挙は誰もが生きていくことができる「命の保証」をするのがマニフェストとおもいます。

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そろそろ暑い夏の日の到来

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今朝は昨日とは打って変わり、日がさし、すがすがしい朝を迎えました。2、3日前から急に蝉が雨中といえども、激しく鳴き出しましたので、そろそろ雨もやみ、季節が変わるのかなと思っていましたが、そのとうりでした。

庭を眺めていましたら大きなオニヤンマがひらひらと飛んでいた蝶を一瞬のうちにとらえて何処かへ持って行ってしまいました。自然の中の凄まじい生存競争を垣間見ました。

稲も穂をつけ始めました。

8月に入り、あちこちで夏祭りが始まります。昨夜は東京から友達が来ましたので、松江の水郷祭の花火大会を見に行きました。大空いっぱいに広がる大輪の輪は短い命でも人の心を和ませます。花火があがる時のドンという音、空いっぱいに響き渡るバリバリという音は真に小気味よく響きます。久しぶりに花火を堪能しました。

今日は、盆が近づきましたので、お墓の掃除をしようと思います。これから暑い夏が続きますが、皆さまもお身体をお大切にしてください。

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斐伊川漁協掛合支部の子供のためのアユのつかみどり

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漁協のお世話により、子供たちの鮎のつかみどりが開催されました。役員の皆さんから川をきれいにしましょうというお話があり、みんなでごみを拾い、その後、鮎が放流され一斉に子供たちの鮎のつかみどりが始まりました。みんな楽しそうでした。

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8月になっても毎日雨が続き 日本はだらだらとした無政府状態が続きます

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今朝も起きてみると昨日と変わることのない霧雨が降っています。いつになったらすっかとした天気になるでしょう。8月になっても梅雨明けにならない年はこれまであまりないんではないでしょうか。全国各地では農林水産業や電気製品販売を中心に影響が出ています。そうした中でも蝉の声は一日中聞こえますし、庭先の花は季節を忘れず咲きほっこっています。

今朝も時事放談をテレビで見ましたが、片山前鳥取県知事さんはこの間,奥さまが亡くなられたにもかかわらず、しっかりとした意見を述べていらっしょいます。

総選挙まで、あと一ヵ月、無政府状態の中でだらだらとし(国民のいら立ちは深まるでしょう)、マニフェストと言えば,ばらまきのオンパレード、本当にできるのですか。この間,米国と中国はごそごそ何かやっています。今の政治も経済も田舎の将来も見通しが立たない中でこの選挙に国民の内在したマグマが爆発するような気がします。

私も実体政治を離れて2年になりますが、今の政治を見ていてそうじゃないんだよなと思うことがたくさん有ります。島根なんか道州制を導入されたら完全に疲弊してしまいますよ。

早く国民が安心を持つことができ、希望が持てるようにしなくてはなりません。

昨日から明治の国つくりに大きな影響を及ぼしたとされる西郷隆盛と大久保利通を中心にした当時の時代を描いた「翔ぶが如く」司馬遼太郎全10巻を読みだしました。小選挙区制を導入してから15年、いまいずれにしても時代の変わり目、どの党がとっても国民中心の国つくりが急がれます。

この間、カ―ルマルクスの「資本論」を学生時代に帰ったつもりでかじってみましたが、現代社会を分析するにはなかなか参考になります。

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日本一登りやすい城 名古屋城 

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金の鯱鉾で有名な名古屋城に行ってみました。鉄筋コンクリート造りでエレヴェーター付きの名古屋城は日本一登りやすい城でした。しかし石垣は戦国の世を彷彿させるものがあり、びっくりするほどの石(加藤清正の石)が組み込まれていました。

戦国の世は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と権力は移行しました。今、総選挙を前にして日本の権力はどのように移行していくのか興味あるところです。戦国の世と同じように人間の社会は永遠に権力闘争の修羅場の世界が続いていきます。

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