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42歳の赤紙 昭和20年1月最後の正月 椿の木の下の別れ

8月は鎮魂の日々です。先の大戦においては310万人の人たちが戦争で犠牲になりました。私の近所のAさんのお父さんは戦争も敗戦濃厚といわれた昭和20年1月、ちょうど42歳の年でした。赤紙1枚で補充兵として召集され、浜田21連隊に入隊、即満州のハルピンに派遣され、戦死しました。Aさん5歳の時でした。庭の椿の老木の下に迎えに来た自動車に乗りながら「2度と帰ることはないよ」という言葉を今でも鮮明に思い出すといわれます。終戦の日、7か月前のことでした。お父さんはなくなったとき1階級特進の兵長でした。特進よりも命を返して欲しいのです。お母さんは悲しみをこらえながら女手一つでAさんを育てました。Aさんも今年は齢70歳、古希を迎えました。今でもお父さんの出発の光景は忘れていません。戦争ほど悲惨なことはありません。8月30日総選挙が終わり、新しい政権が生まれます。戦争だけはしない平和な日本を創ってください。

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