根津美術館
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一昨日の夜は飯南町の昔からの友達が波多の万寿の湯に集合し、久しぶりに忘年会が開催されました。温泉付きの忘年会は何も遠くへでなくとも十分楽しめます。皆さんの近況や地域のいろいろな問題もよく分かりました。雪は40~60センチあり、琴引フォレストパークは賑やかにスキーが楽しまれているようです。54号線沿いですから便利がよくスキーが楽しめますから年末から正月には沢山の人がお出でになることが期待されます。また高速道路尾道松江線の完成により一番心配されるのはこの地域では飯南町ですから、対策が急がれます。
昨日はは島根大学の関准教授の財政学の今年最後の授業でした。予算時期に合わせてタイムリーな講義でした。
今日は天陛下の誕生日です。76歳におなりになります。おめでとうございます。
天皇は終戦の時は日光の金谷ホテルに疎開されていました。今年私も行ってみました。昭和20年から昭和23年までの日本の状況等が書かれた猪瀬直樹氏の「ジミーの誕生日」を読破しました。皆さんもお読みになればと思います。4月29日、5月3日、12月23日は微妙につながっています。戦争をしてはいけません。皇室はいつまでも平和の象徴であってほしいと思います。
雪が降り寒い一日です。
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JAくにびき乃木支店で夕方から清水寺の清水谷貫主さんの嫁が島の竹生島神社ににまつわるお話をされました。ちょっと難しいお話でした。ところで清水寺というのは全国に80ヵ寺あると聞きました。京都の清水寺は法相宗で安来の清水寺は天台宗で、延暦寺の関係にあるようです。清水谷貫主は兵庫県出身で、ご子息が後を取ると言って喜んでおられました。法話が終わってから、今年、出雲の国神仏霊場巡拝参加者で忘年会がにぎやかに開催されました。来年もまた巡礼の旅は続きます。水の都プロジェクト協議会の夏の太鼓演奏も引き続き嫁が島で行われますので島根県太鼓連盟も大いに協力しようと思います。
隠岐の島出身の隠岐の海関が十両二枚目に上がりました。初場所が待たれます。今年もあと10日となりました。健康に気をつけて頑張らなくてはなりません。
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昨夜、広島から帰る時はまだぱらぱらと言う状態でしたが、今朝、起きて外を見ますとあたり一面の雪景色でまさに冬到来、寒波襲来です。とても寒く、マイナスの気温と思います。政府は来年度の国家予算を組むのに苦労しているようですが、何と言っても国の税収が例年より7~8兆もすくなく38兆しかなく国債発行に頼らざるを得ない状態の中で、財政規律を守り、要望にこたえるというのは大変なことでしょう。今朝の新聞を見ると中国の宝鋼集団が粗鋼生産において日本の新日鉄を追い越し世界第2位になると出ていました。「日中逆転」の象徴的事例であり衝撃的であります。宝鋼製鉄所は新日鉄が中国政府から要請を受けて技術供与し、山崎豊子さんの「大地の子」の舞台にもなりました。日本の今後の生き方としてもちろんアメリカとの同盟は堅持しなくてはいけませんが、中国、インドなどアジア諸国、オーストラリア、ブラジルなどの新興国との連携を果たしていかなくてはいけないでしょう。子供の数が少なくなるのは何と言っても大きな問題です。日本の人口減少は将来アジアからの移民なども考える時代が来ると思います。政治は日本の将来像を早く示すべきでしょう。
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島根大学の財政学の講義に出席しました。今年もあと2回の講義となりました。戦後のドッジライン、シャープ勧告について学びました。1960年までは国家財政は赤字を出していませんでした。その後日本の高度経済成長に資するため社会基盤の整備、租税特別措置法など勧められました。一時、高度経済成長が進み、所得の増加、自然増収、新規財源の拡大、合わせて減税も行われ、財政の膨張が進み成長が促進されまた自然増収が7%にもなるという循環を繰り返しました。今日の国家財政とは隔世の感があります。
溝口知事を会長にした島根県とMOAの会合が行われました。食の安全について勉強することができました。特に食物の添加物が身体に何らかの影響を与えるので、理解を深めていかなくてはならないという点もそうでした。
帰りに友人と忘年会をしました。松江の街は少し活気がない感じを受けました。
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今日12月14日は全国のそば屋さんは稼ぎ時です。時は元禄15年(1702)12月14日、大石内蔵助良雄率いる赤穂浪士47名は江戸本所松坂町吉良上野介義央の屋敷を襲い主君浅野内匠頭長矩の仇を報いたというのはあまりにも有名な話です。この討ち入りの前夜義士一党ひそかに江戸市中のそば屋に集まり、そばやうどんを食べたという巷説も広く知られています。東京高輪の泉岳寺や京都山科の大石神社などゆかりのお寺や神社が催す義士祭にはそばが振るまわれますが、多分どこのそば屋さんもこれにならって夏のうなぎの日のように繁盛していることでしょう。実際の吉良邸討ち入りは日付けが変わって翌15日未明の七ツ(午前4時)で晴れた月夜でした。
赤穂浪士の杉野十平次は、「夜泣きそば屋の当たり屋十助」に身を宿し、吉良邸を探りました。そして、お客の俵星玄蕃と親しくなりました。討ち入りの夜、俵星玄蕃が槍を引っさげて駆けつけて来るのはお芝居などで有名なお話です。
今夜も星空でした。明日の未明には元禄15年と同じような月明かりになることでしょう。
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元島根県農業協同組合中央会・各連合会会長吉岡亀太郎さんの叙勲祝賀会が盛大に開催されました。吉岡亀太郎さんには公私とも随分お世話になりました。今も親しくお付き合いをさせていただいています。吉岡ご夫妻に心からお祝い申し上げます。国の基は農業です。吉岡さんはこの道一筋、島根の農業に人生をささげてこられました。「一人は万人のために万人は一人のために」という思いで農業振興のためにに戦ってこられました。これからの農業は知恵なくしてはやっていけません。吉岡さんの長年の知恵を生かしたいものです。吉岡亀太郎さんは挨拶で「鶴は千年、亀は万年と言いますが、まだ自分、吉岡亀太郎は亀の万年まではまだまだですから今後も頑張りたい」という挨拶でした。吉岡亀太郎さんのひょうひょうとした風貌は人を温かく包みます。たくさんの農業関係者もお集まりでしたが、島根の農業のために頑張ってください。
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