日本美術院同人小野田尚之先生からお手紙を頂きました。

今日はうれしいことがありました。日本美術院同人小野田尚之先生からお手紙を頂き感激いたしました。小野田尚之先生の画は日本の山間を走る電車、線路、駅、緑なす自然たとえば山々、田んぼなど私がいま住んでいるような風景をモチーフにされてたくさんの作品を発表されています。ずいぶん以前から私は小野田尚之先生のフアンでありました。小野田尚之先生の作品も二点所持させていただき私の部屋に飾っています。

小野田尚之先生は日本美術院の大観賞、足立美術館賞を始め多くの賞を受賞をされ、今では日本を代表する日本画家です。

以前、私がこのブログで小野田尚之先生の絵のことを書かせていただいたのをご覧になりお便りを頂きました。とてもうれしく思いました。

いつの日かお目にかかれたらと思います。私のたてお抹茶でも召しあがってほしいものです。

ますますのご活躍をお祈りしています。

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八重山神社出遷座祭が行われました。

スサノオ伝説、江戸期には松平藩による信仰、牛馬の神即ち農業の神として崇められた掛合の入間に延々と今日まで続いた八重山神社の遷宮が本年9月13日に行われますが、そのための工事が始まりますので御神体を借り宮殿に遷座していただくための出遷座祭が4月20日に厳かに且つ盛大に挙行されました。八重山の山々は冬の灰色から新緑に変わらんとしています。

奉賛会長の私にとって感激の極みでした。春日宮司さんも感激のあまり声も出ず感涙にむせられました。

出遷座祭は神社から御神体を安置される春日宮司家まで600メートルの距離を行列いたしました。私は金弊をおあずかりました。

入間は田植え囃し有名ですが,その囃し子のみなさんがにぎやかにしていただきました。

いよいよ工事が始まりますが、天の岩戸のような急峻な岩屋の中の本殿の修理はとても危険ですが、工事の安全を特に祈願いたしました。

秋、9月13日の遷宮には多くの皆さまにお参りしていただきますようお願いいたします。

八重山神社は宇野千代氏の小説「八重山の雪」でも有名なところです。現代のパワースポットであります。

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皆さま今年もいい年であることを祈っています。

皆さんお元気でお過ごしのことと思います。1月もあっという間に過ぎ去ろうとしています。

カメムシの発生が多い冬は大雪が降るといわれていますが、それが本当ならばこれからも気をつけていなくてと思っています。昨日頓原に行きましたが、掛合と違って屋根に50~60センチは積もっていました。でも一日一日春が近付いています。

今年の私の大きな仕事の一つは掛合の入間の八重山神社の遷宮です。私は現在奉賛会長をつとめています。

四月二十日の出遷座祭、九月十三日の遷座祭と行われ、遷宮が終わるのです。八重山神社は御承知の如く牛馬の神様であり、農業の神様です。特に今年は午年であり、記念すべき遷宮になります。

八重山神社はスサノオ神話に由来し、江戸期は松平藩によって保護され、隆盛を極めた由緒ある神社です。どうか皆様方のお参りをお願いします。

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早稲田の雄弁会の親友森田英雄君と会食しました。

昭和39年私たちは早稲田大学に入学し、雄弁会に加入しました。あれからお互いそれぞれの道を歩き古希を迎えました。

彼は埼玉の春日部の生まれですが縁あって鳥取県の境港に住み今は米子で司法書士をしています。

久しぶりに松江で二人で飯でも食べるかということになりました。綾小路きみまろではありませんが、あれから40年、いや50年になりました。いろいろな思い出話、近況に花が咲きました。

森田君はとても本が好きです。最近東京の古本屋で読みたかった本を1000冊買い求めてこれからの読書計画を立てていると話していました。私も本は好きですが私の場合は新しい本を出たとこ勝負で読んでいく性格です。彼は昔から頭が良かったが、今も昔と変わらぬ切れの良さです。

途中で二人の雄弁会での共通の親友であった東京で企業を興し大成功している門田典久君に電話し、来年春門田君夫妻が山陰を訪れ再び旧交を温めることになりました。

青春時代からの親友はありがたいものです。

森田君との会食もあっという間に時間がたっていきました。

お互い健康に留意しながら頑張ろうと誓いお開きといたしました。

外は雪交じりの寒さでしたが、お互いの心はほのぼのとしてとても温かっかったです。

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再びブログを再開することにいたしました。どうかよろしくお願いいたします。

ブログを再開することにいたしました。どうかよろしくお願いします。

みなさんから最近ブログを書かないがどうしたのですかとよく言われます。近況が知りたいとかさみしいとかいろいろご意見を聞きます。そこで再開することにしました。少なくとも30年は続ける考えです。私も皆様のおかげで今日まで政治という場を中心にして仕事をさせていただきました。感謝いたしております。これからはいろいろと移ろい行く世の中をもっともっと見て少しはいろいろ経験してみたいと思います。そしてこのブログを再開することにいたしました。一杯コメントを頂きたいと思います。

昨夜は、山陰中央新報社地域開発賞第52回文化賞を受賞されました

景山道隆先生の祝賀会を掛合太鼓保存会(景山俊太郎会長)主宰で盛大に

行いました。

今日の掛合太鼓は景山道隆先生の力なくしてはありません。まさに井戸を掘った一人です。

昭和57年島根国体が開かれました。掛合は相撲会場を引く受けました。そこで全国から来る人たちに今でいう「おもてなし」をするために郷土芸能を起こし、また地域の活性化をはかるという一石二鳥を考えて掛合太鼓をつくりました。それが昭和53年のことでした。当時掛合中学校の音楽の教員であった景山道隆先生に曲つくりと太鼓の指導をお願いいたしました。先生も苦労し、研究を重ね今の掛合の五つの地区に由来するそれまでにはない曲をおつくり頂きました。とてもいい曲でしたので今日まで続きました。太鼓は東京の浅草にある大相撲の締め太鼓をつくっている宮本太鼓に注文しました。

最初は段ボール箱やミカン箱を太鼓に見立てて練習を始めました。あれから40年といいますが、年輪を重ねて日本でも有数の太鼓チームに育ちました。後継者の育成もやっています。

島根県の太鼓は掛合太鼓と江の川太鼓によって大きく広がったといっても間違いではありません。景山道隆先生、落部勝司氏、松下周二氏をはじめとする現在の打手の皆さん、金山孝行氏をはじめとするOB会の皆さん歴代の町長、町議会のみなさん、そして町民の皆さんに心から感謝いたしています。

掛合太鼓のこれからの発展を期して邁進するように景山道隆先生から激励の挨拶がありました。本当に楽しい祝賀会でした。これからも景山道隆先生には健康に留意して頑張っていただきたいものです。掛合太鼓をよろしくお願いします。ありがとうございました。

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松江北高等学校第14期卒業50周年記念同窓会が開催されます

大型台風もどうやら過ぎ去ったようです。でも伊豆大島を始め大きな災害の爪痕を残しました。被害者の皆様にお見舞いを申し上げます。

今日は夕方から松江北高等学校第14期卒業記念同窓会が全国から集まって盛大に開催されます。案内状にお互い高齢者なのですが体調管理に万全を期してお集まりくださいと書かれているのは確かに50年の歴史を感じます。とても楽しみです。お世話役の皆さんに感謝いたします。場所は大根島の由志園です。最近由志園は島根の名所になっているようです。

誰も一言近況を話すことになるでしょうが、私は政治を長らくやらせていただきましたお礼と今の私とそれからオリンピックが決まったので7年先元気で喜寿の代表の一人として聖火ランナーなり地元を走りたいなどを話したいと思っています。

雨も上がり素晴らしい同窓会になることでしょう。

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我が穴見谷集落の楽しい一日旅行。

昨日は恒例の我が穴見谷集落の一日旅行が開催されました。広島の庄原矢野温泉あやめ荘で田舎芝居を観劇しました。とても面白くあっという間でした。温泉もたくさんの風呂があり素晴らしかったわりに、お客が少なくて悪いようでした。帰りはマツタケを買いにに甲山町行きましたが、あまりに高くただ見るだけでした。

世話役の竹下文雄さんが勇気を出して買い求めて一軒に一つづつ配給されました。誠にありがとうございました。

掛合に帰るまでそれから四か所で買い物掃討選に参加してワイワイガヤガヤとても楽しい一日でした。

来年からは高速道が尾道まで伸びますので、また楽しいところに行けると期待しています。

穴見谷集落万歳!

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掛合の入間 八重山神社大遷宮が始まります。

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掛合の入間の岩谷にある八重山神社が春日宮司、八重山神社奉賛会(景山俊太郎)により来年平成26年9月に修復され大遷宮が行われます。

牛馬に神様、最近ではペットの神様としても全国的に知られつつあります。

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出雲大社、伊勢神宮に次いで大遷宮は掛合の入間の八重山神社

いよいよ掛合の入間にある八重山神社の大遷宮が始まります。

出雲大社、伊勢神宮に次ぐ大遷宮です。八重山神社は神代の時代から営々と続き今日多くの信仰厚い人たちにより守られてきました。本殿は巨大な岩谷の中にあり、来る人たちは圧倒され、驚きのあまり一瞬立ちすくみます。

昔から牛馬の神様として全国の農家、競馬場などから多くの御参りがあります。最近はペットの神様としても有名です。またパワースッポットとしても人気が出ています。

しかし最近は痛みもひどく大修復することになりました。

奉賛会長は私景山俊太郎がお引け受けし、いよいよ来年の九月の大遷宮に向け、出発することになりました。多くの老若善男善女の皆さまからご寄付を頂き感謝申し上げます。

どうか全国の皆様おいで下さい。

必ず御利益があります。

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男点前のお茶席に挑戦しました。人生最高でした。

9月28日は私の人生にとって素晴らしい日となりました。私は最近三刀屋の景山充子先生の下に裏千家茶道を習いに一週間に一度稽古に通っています。この春から、先生から男点前をやるようにと御すすめがありました。そんな大それたことはと思っていましたが、お盆前ごろから本格的な話となりました。男というのは景山充子先生の御主人の寛先生と木次の華羅の御主人の景山勳社長、そして私の三人です。

みんな同じ景山です。景山三山です。そして9月28日開催、場所は景山社長のお宅で決行されることなりました。濃い茶点前は私景山、薄茶点前は景山寛先生、料理は景山勳社長が受け持つことになりました。自慢ではないですが私という景山が一番不安です。

景山三人衆ですから、山を主題にしようと思い、ちょうど今年は富士山がユネスコの世界文化遺産に決まりましたので、茶聖松平不昧公の富士にちなんだ掛け軸用意し、山なので島根では松江の楽山窯の、私の大学の後輩の長岡空郷さんに鶴首の花入れをつくってもらいました。また主茶碗は大樋窯九代の大樋長右佐衛門の富士の絵が描かれた黒を使用させていただきました。水差しは男らしさ、戦国の世を思わせる伊賀を使用させていただきました。

いよいよ当日になりましたが、私は風邪をひくやらけいこ不足で全く自信のないまま臨みました。お客様はなんと24名、ほとんど女性の皆さまで緊張の上に緊張が重なりがくがくでした。

案の定私は失敗の連続でした。景山充子先生はハラハラドキドキであったと思います。

さすがに景山寛先生は大したもので全くミスもなく一番難しい色紙点前を難なくこなされました。拍手喝采でした。

料理は景山勳社長の腕前には皆さんびっくりおいしくにこにこでした。

いずれにしても出席者の皆様の温かいお気持ちでお茶の世界は山上宗二、井伊直助伝来の『一期一会』を大切にという教えの通り、今日の出会いを大切にして盛り上げていただきましたことを心から感謝いたします。ありがとうございました。

私にとって人生初めての経験は緊張しましたが、とても楽しく人生はブラボーと感じ、これからもお茶の世界に精進し様と思います。

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